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同じ失敗を繰り返さないために必要な脳内メカニズムの解明

マウントサイナイ医科大学精神科(研究当時・大阪大学蛋白質研究所)
博士研究員(研究当時・特任研究員)
西岡 忠昭
私達は多くの失敗を経験する中で、行動を少しずつ修正して、より良い行動選択ができるようになります。しかし、失敗につながった情報がどのように脳内でフィードバックされるのか、その詳細なメカニズムは不明でした。本研究では、失敗直後のドーパミンD2ニューロンの活性化が同じ失敗を繰り返さないために重要であることを明らかにしました。
私たちは多くの失敗を経験することで、どのような行動をすれば失敗するのかを学習し、より良い行動選択が行えるようになります。最適な行動選択を行うには、成功につながった行動を積極的に行うだけでなく、同じ失敗をいかに繰り返さないようにするかが重要です。しかし、従来の研究では、主に成功につながった行動を促進するメカニズムに注目しており、失敗につながった行動をどのように抑制しているのか、その詳細な脳内メカニズムは不明でした。このような脳機能を解析するためには動物を用いた実験が有用です。複雑な脳機能を理解するには、遺伝学的手法を用いて細胞の種類を区別する必要がありますが、遺伝学的手法が豊富に使えるマウスでは高次な脳機能を調べる行動実験系が存在しないという問題点がありました。
本研究では、まず、失敗につながる行動を抑制する必要がある認知行動課題をマウスを用いた系で開発しました。この課題では、2種類の視覚手がかり(CS+とCS-)が提示され、マウスはそのうちの1つを選ぶことができます。報酬と関連付けられた視覚手がかり(CS+)を選択すると、マウスは報酬として練乳ミルクを飲むことができます。一方で、報酬と関連付けられていない視覚手がかり(CS-)を選ぶと、マウスは報酬を受け取ることはできません。通常このような弁別課題では、CS+に対する行動を促進することで、報酬を効率よく獲得できるようになりますが、今回の認知課題では、ランダムな視覚手がかりをCS+として用いることで、マウスがCS+に対する反応と報酬との関連付けができなくなるようにしました。一方で、CS-の視覚手がかりは固定されています。そのため、CS-に対する反応を抑制し、CS-ではない視覚手がかりを選ぶという戦略を用いることが、マウスが報酬を獲得する上で重要になります。まず私は、マウスがこのような高度な戦略を学習できることを確認しました。次に、遺伝学的手法を用いて、側坐核のドーパミンD1受容体およびD2受容体発現ニューロン(以下D1ニューロン、D2ニューロン)を区別し、小型顕微鏡を用いて1細胞レベルでのカルシウムイメージングを行いました。その結果、大多数のD2ニューロンは失敗(無報酬)を経験した直後に、素早く活性化することを明らかにしました。一方で、D1ニューロンは成功した(報酬)後に活性化する細胞と失敗した後に活性化する細胞が同じくらい存在していることがわかりました。さらに、光遺伝学を用いて、D2ニューロンの失敗直後の活性化を阻害すると、同じ失敗を再びしてしまうようになることを発見し、失敗直後のD2ニューロンの活性化が同じ失敗を繰り返さないために必要であることを明らかにしました。一方で、同じタイミングにおけるD1ニューロンの抑制は成績に影響を与えませんでした。これらの結果により、失敗の経験がどのように脳内にフィードバックされ、同じ失敗を繰り返さなくなるかがわかりました。本研究は物質使用障害のように適切な行動抑制ができない精神疾患の治療にも将来的に役に立つことが期待されます。
<掲載ジャーナル>
Error-related signaling in nucleus accumbens D2 receptor-expressing neurons guides inhibition-based choice behavior in mice.
Tadaaki Nishioka*, Suthinee Attachaipanich, Kosuke Hamaguchi, Michael Lazarus, Alban de Kerchove d’Exaerde, Tom Macpherson*, Takatoshi Hikida* (*corresponding author)
Nature Communications 14, 2284 (2023)
https://doi.org/10.1038/s41467-023-38025-3
<図の説明>
  1. 新しい認知行動課題の概要。
  2. 光遺伝学による側坐核のD2ニューロンの神経活動の抑制。
  3. 失敗直後に側坐核のD2ニューロンで活性化が起こると、マウスは同じ失敗を繰り返さずに次の試行で報酬を獲得することができる。
  4. 光遺伝学を用いて、失敗直後のD2ニューロンの活性化を阻害すると、その後の試行でも同じ失敗を繰り返すようになった。
<研究者の声>
研究当初は、側坐核の神経活動は行動選択そのものに関わっていると期待していたため、行動選択のタイミングで神経活動を抑制してもほとんど行動に影響が出なかったときは、どうすればいいかわからなくなってしまった時期もありました。しかし、対照実験のつもりで行った行動結果のフィードバックのタイミングにおける操作が、わずかに成績を低下させていることに気付き、さらに行動履歴(前試行が正解だったかどうか)に注目して成績を解析し直すと、不正解の次の試行でのみ成績が低下していることを発見することができました。仮説通りの結果が得られなくても、根気強く解析することの重要性も同時に学ぶことができて良い経験になりました。
<略歴>
2018年3月、京都大学大学院医学研究科医学専攻博士課程、単位修得済満期退学。
2020年9月、医学博士(京都大学)。京都大学大学院医学研究科特任研究員、大阪大学蛋白質研究所特任研究員を経て、2021年6月より、マウントサイナイ医科大学精神科博士研究員。
2022年4月より、日本学術振興会海外特別研究員。
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