[会員へのお知らせ] 神経科学トピックス

シナプス貪食を介した神経回路の最適化

コロンビア大学メディカルセンター
博士研究員
森澤 陽介
適応運動学習時、マウス小脳において、グリア細胞がシナプスの一部を貪食し、神経回路の最適化を支えていることを明らかにしました。
 記憶形成時に脳内で起こっている現象を考えるとき、神経細胞間の情報伝達が強くなる、もしくは新たなシナプスが形成されることで記憶が作られると考えられがちです。しかし、不要な情報を担うシナプスでの信号伝達が弱くなる、あるいは既存のシナプスが消失することもまた、記憶形成に伴う神経回路の最適化に必要な過程だと考えられています。小脳は、スポーツや楽器の演奏などの「身体で覚える」運動学習を担っており、特に、シナプスの接続が減弱することが、効果的な適応運動学習につながると考えられています。しかしながら、信号の伝わりかたが弱まるにあたり、どのような仕組みでシナプス構造が減弱するのか、明らかではありませんでした。
 脳内グリア細胞であるミクログリアやアストロサイトは、大規模な神経回路の再編成が生じる発達期や脳病態時に、シナプスを貪食(刈り込み)することで、適切な回路の形成に寄与することが報告されています。しかし、成体において生理的な学習で生じるシナプスの刈り込みはその頻度も低く、また、貪食されたシナプス構成成分はグリア細胞内の消化器官(リソソーム)で速やかに分解されてしまうことから、その現象を可視化することは困難でした。
 そこで我々は、貪食を可視化するため、リソソーム中で分解されにくい赤色蛍光タンパク質(pHRed)を、特定の時期に、目的の神経細胞のみに発現させる新たな遺伝子変異マウスを作出しました。この手法によって、非侵襲的に神経細胞にpHRedを一過性に発現させることで、注目するイベントに関わる貪食を可視化し、追跡することが可能になりました。次に、高い頻度でシナプスの刈り込みが生じる小脳依存性適応運動学習をモデルとし、学習時のグリア細胞によるシナプス貪食の関与を検討しました。その結果、学習後のマウスでは小脳アストロサイトの一種であるバーグマングリア細胞によるシナプスの貪食が亢進していることを、上述の新規貪食追跡法と三次元電子顕微鏡による詳細な観察により明らかにしました。また、貪食を阻害する薬物を投与したところ、シナプスの情報受け手側の構造であるスパインのサイズ減少は抑制され、学習の一部が阻害されることも示されました。さらに、バーグマングリア細胞の貪食に重要な分子(貪食関連分子ABCA1)を同定し、当該遺伝子をバーグマングリア特異的に欠損させたマウスにおいても、同様の学習阻害効果が認められました。以上のことから、脳に学習・記憶が刻まれる過程の一部をグリアの貪食機能が支えている可能性が示されました。
 なお、本研究論文は、筆頭著者の森澤陽介が東北大学大学院生命科学研究科超回路脳機能分野に所属していた頃に実施された研究内容となり、Nature Neuroscience 誌の2022年11月号に掲載されました。
<掲載ジャーナル>
Morizawa YM, Matsumoto M, Nakashima Y, Endo N, Aida T, Ishikane H, Beppu K, Moritoh S, Inada H, Osumi N, Shigetomi E, Koizumi S, Yang G, Hirai H, Tanaka K, Tanaka KF, Ohno N, Fukazawa Y, Matsui K (2022) Synaptic pruning through glial synapse engulfment upon motor learning.
Nature Neuroscience, 25, 1458-1469.
DOI: https://doi.org/10.1038/s41593-022-01184-5
図 グリア貪食が学習と記憶を支える
  1. マウスの眼の前のスクリーンに提示した縦縞模様を左右に動かすと、この縞模様を追跡する眼球運動が引き起こされます。視覚刺激を繰り返すと、眼球運動の振幅が増大するようになります。この学習の定着には小脳のFlocculusと呼ばれる領域が重要であることがわかっています。
  2. 小脳では、視覚情報などは顆粒細胞を介して伝わり、プルキンエ細胞に情報は伝えられ、プルキンエ細胞から小脳外に向けて信号が出力されます。この顆粒細胞とプルキンエ細胞の間のシナプスが可塑的に変化することで、学習が定着すると考えられています。バーグマングリア細胞はほぼ全ての顆粒細胞-プルキンエ細胞シナプスを覆っています。
  3. この水平視機性眼球運動学習を重ねると、Flocculus領域でバーグマングリア細胞による貪食が亢進することが示されました。
  4. トレーニングを終えた翌日のシナプス後部構造(スパイン)部位の体積は小さくなりました 。グリア貪食の役割を調べるため、薬剤投与によって、トレーニング中の貪食を阻害しました。すると、貪食を阻害しても、トレーニング中の学習は変わらずに進むことが示されましたが、トレーニング後、翌日にかけてさらに学習が促進される過程が、阻害されることが示されました。
これらのことより、グリア貪食は、運動学習の定着と促進に役割があることが示されました。
<研究者の声>
本研究時の所属研究室ではグリア細胞内のpH変化に注目していました。当時使用していたpHセンサーのpHRedはリソソーム内で分解されづらいことが知られており、これを貪食研究に応用できたことは幸運でした。最先端の三次元電子顕微鏡観察技術を用いて、シナプスの一部がまさにグリア細胞内に取り込まれつつある瞬間を鮮明に捉えることができ、その美醜に大変興奮しました。長い期間、辛抱強くサポート頂いた松井広先生をはじめ、多大なご助力を賜りました共著者の皆様のおかげで本研究を完成させることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。
<略歴>
2015年 山梨大学大学院医学工学総合研究部薬理学教室 (小泉修一研究室) にて博士(医科学)取得.
同年, 東北大学大学院博士研究員 (松井広研究室)、
2018年より日本学術振興会特別研究員(PD)。
2021年より米国留学中。
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