X線を使った脳神経操作法の開発
藤田医科大学 医学部 生理学II講座
助教
松原崇紀
神経細胞の活動を操作する新技術を開発しました。本技術は、生体を透過しやすいX線・X線を光に変換するシンチレータ・光を感受して活性化するタンパク質の3つを用いることにより、生きている動物の脳神経活動を操作する手法で、脳を傷つけることなく脳深部の神経細胞を遠隔的に操作できるという利点があります。
脳組織を傷つけることなく体外から特定の神経細胞の機能を制御する方法の開発は、脳機能の理解を前進させるための鍵となります。近年では特定の神経回路の役割を同定するために神経細胞に光感受性タンパク質(オプシン)を発現させて、光照射を行うことで神経活動を操作する技術である「光遺伝学」が用いられています。しかし、従来の光遺伝学では、生体を透過しにくい可視光領域の光波長を使用するため、目的の脳部位が深い場合、光ファイバーを埋め込む必要がありました。脳内への光ファイバーの埋め込みは脳に損傷を引き起こすなど様々な問題があるため、光ファイバーを使用しない光遺伝学法の開発が求められていました。そこで私たちは、生体を透過しやすいX線とX線を可視光に変換することができるシンチレータを使用することで、この問題を打破しようと試みました。
私たちはまず、X線を黄色可視光に効率よく変換できる物質としてセリウム添加ガドリニウムアルミニウムガリウムガーネット(Ce:GAGG)シンチレータに着目し、Ce:GAGGシンチレータが発する光に対して効率よく活性化できるオプシンを探索し、ChRmineとGtACR1をそれぞれ興奮性および抑制性オプシンとして同定しました。その後、マウス脳内の特定領域にウイルスベクターを用いてChRmineを発現させ、同領域にCe:GAGGシンチレータを粉砕した粒子を注入しました。マウスの体外からX線を照射することでCe:GAGG粒子からの発光を介してChRmine発現細胞を活性化することに成功しました。さらに、自由行動下のマウスでも本手法が有効かどうかを確かめるため、場所嗜好性に関わる中脳のドーパミン産生神経細胞にChRmineまたはGtACR1を発現させ、同領域にCe:GAGG粒子を注入しました。そして、X線照射により、マウスの場所嗜好性を正にも負にも変化させることができました。Ce:GAGG粒子は生体無害で、注入部位に神経細胞数の減少は生じません。また、X線を使うと言うと実験動物の健康を心配される方もおられるかもしれませんが、分裂細胞に悪影響がない低線量のX線でも十分に神経細胞を活性化できます。
今回開発した技術は「X線光遺伝学」と私たちは呼んでいます。X線の生体透過性の高さを考えると、X線光遺伝学はマウスだけではなく非ヒト霊長類など大型動物でも威力を発揮すると考えており、脳機能や神経疾患病態の基礎研究のみならず将来的には光遺伝学の臨床応用に貢献できるツールとなることを期待しています。
論文タイトル:
Remote control of neural function by X-ray-induced scintillation
著者:
Takanori Matsubara, Takayuki Yanagida, Noriaki Kawaguchi, Takashi Nakano, Junichiro Yoshimoto, Maiko Sezaki, Hitoshi Takizawa, Satoshi P. Tsunoda, Shin-ichiro Horigane, Shuhei Ueda, Sayaka Takemoto-Kimura, Hideki Kandori, Akihiro Yamanaka, Takayuki Yamashita.
掲載誌:
Nature Communications 12, Article number: 4478 (2021)
DOI: 10.1038/s41467-021-24717-1
<図の説明>
- X線を照射すると黄色発光を示すCe:GAGGシンチレータの結晶を粉砕しマイクロ粒子として、実験に用いました。
- マウスの場所嗜好性を司る神経細胞にオプシンを発現させ、同じ部位にCe:GAGG粒子を注入し、条件付け場所嗜好性試験を行いました。興奮性オプシン(ChRmine)を発現させたマウスは対照群(オプシン非発現群)に比べて、X線照射側に高い場所嗜好性を示しました。
<研究者の声>
私は、「カタログにない研究を行う」という山下貴之先生の指導方針のもと、2018年よりX線光遺伝学プロジェクトに参入いたしました。当初は棒状のシンチレータを脳に埋め込んで実験を行っており、毎日のようにネガティブデータを積み重ねておりました。2019年の夏にはある程度データがまとまり、運よくトップジャーナルに投稿できる機会をいただきましたが、レビュアーからの厳しいコメントをみて、研究の厳しさを学びました。半分以上のデータを取り直し、ここまで形にできたのも山下先生をはじめ共著者の先生方のおかげです。本研究を支えていただいた先生方、スタッフの皆様に感謝申し上げます。
<略歴>
2020年3月 名古屋大学大学院医学系研究科総合医学専攻博士課程修了
同年4月 名古屋大学環境医学研究所神経系分野II 研究員
同年10月 藤田医科大学医学部生理学II助教 現在に至る。