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脳はハブ細胞が存在するエコなシステムであった

東京大学 大学院医学系研究科 脳神経医学専攻
助教
太田 桂輔
広視野・高解像度・高速撮像・高感度・無収差を同時に満たす世界初の2光子顕微鏡を開発しました。本顕微鏡により大脳新皮質の機能的ネットワーク構造はスモールワールドネットワークであり、100個以上の細胞と協働して活動するハブ細胞が脳内に存在することを明らかにしました。
我々の日常は、複数の脳領域の協調的な神経活動によって成り立っています。たとえば、「青信号を確認して横断歩道を渡る」という動作を考えてみても、知覚・意思決定・運動という脳機能が関係し、様々な脳領域における協調した神経活動が重要です。脳機能を包括的に理解するためには、複数の脳領域から単一神経細胞の解像度で神経活動を計測し、その神経細胞間の相互作用を調べる必要があります。
今回、我々は単一神経細胞を観察できる高い光学的解像度を有しながらも、生きた動物の脳内を広視野で観察できる2光子励起顕微鏡「FASHIO-2PM (fast-scanning high optical invariant two-photon microscopy」を開発しました。本顕微鏡の最大の特徴は高性能で巨大なレンズ(図A)です。レンズの光学的特性として、中心を通る光より、縁を通る光ほど大きな収差(※)を生じさせます。収差は、照射効率の低下、像の歪みなどの原因になります。つまり、広い視野を撮影しようとすればするほど視野辺縁部では像が暗く歪んでしまい、正確な測定ができないというジレンマがありました。そこで我々はあえてレンズ全体に光を照射せずに、中心部分のみに光を照射し標本を照らすことで(図B赤)、収差を極限まで抑えました。これにより照射効率が向上し、明るい画像が得られるため、撮像速度の高速化が可能になります。一方、標本からの蛍光シグナルを収集する光路では、そのシグナルを最大限に収集するため、レンズ全体を用いました(図B緑)。こうした工夫により、巨大な対物レンズを採用しながらでも視野全域に渡り同等の光学的分解能で単一神経細胞を観察できる顕微鏡を開発することができました。この顕微鏡は、9 mm2(従来顕微鏡の36倍)の視野(図C)から単一細胞の活動を7.5 Hzの撮像速度で記録することできます。我々はこの顕微鏡によりマウス大脳皮質2層において多領域にまたがる1万6000個以上の神経細胞の活動を捉えることに成功しました。これは単一視野平面で記録された細胞数と撮像速度としては世界最大・最速となります。さらに我々は新しい光検出器(光電子増倍管)も開発しました。これにより深部の大脳皮質5層(脳表から深さ500 マイクロメートル)から6,000個以上の神経細胞の活動を同時に観測することに成功しました。
1つ1つの神経細胞の活動から細胞間の機能的結合強度(相互作用)を推定し、大規模な神経ネットワーク解析を行った結果、大脳新皮質はスモールワールド性とクラスター性を有することを世界で初めて見出しました(図D)。スモールワールド性は、無作為に選んだ2つの神経細胞はわずかな数の神経細胞を介するだけで機能的に結合していることを意味します(身近な例として、わずか数人を介するだけで超有名人と繋がることができる)。クラスター性は、ある細胞に結合している細胞も互いに結合している確率が高いことを意味します(自分の友人AさんとBさんを考えます。その2人も友人同士である確率が高いことを意味します)。この2つの特性を満たすネットワークをスモールワールドネットワークと呼びます。物理的距離が離れた細胞であっても、その活動情報を効率的に共有していることを示唆します。すなわち脳は、情報処理においてコストがかかりにくいエコなシステムであることを発見しました。
次に、個々の神経細胞に着目しました。社会には、ハブとなる人間や空港、インターネット拠点などが存在します。こうしたハブは各コミュニティにおける連絡網に重要な役割を果たしています。では、脳には、その様なハブ細胞が存在するのでしょうか。スモールワールドネットワークには、必ずしもハブが存在するとは限りません。これまで、多数の細胞と協調的に活動するようなハブ細胞が脳に存在するかどうかは不明でした。それは、高速で多数の細胞活動を記録する手法が存在しなかったためです。ネットワーク解析の結果、我々は長距離結合も含め100以上の細胞と協調的に活動する非常にレアなハブ細胞(存在確率は1%未満)の存在を世界に先駆けて明らかにしました(図E)。これは大脳皮質において神経細胞の活動がシステム全体に与える影響力は一様ではなく、細胞ごとに偏っている可能性を示唆します。
今後はまさに「青信号を確認して横断歩道を渡る」ときのような行動課題中の動物の神経活動(またはネットワーク活動)をFASHIO-2PMで観測することで、新しい切り口での脳機能メカニズムの謎に挑戦できます。例えばハブ細胞の存在から、ハブ細胞は非ハブ細胞に比べネットワークや脳機能に与える影響は大きいのか、ハブ細胞同士で繋がっているのか、ハブ細胞はどのようにして生まれるのか、など、好奇心を掻き立てられる疑問が次々と湧いてきます。細胞レベルでのネットワーク動態を野生型動物と精神神経疾患モデル動物とで比較することで、今までにない疾患治療法が生まれるかもしれません。また、大規模記録を前提としたこれまでの仮説の検証、さらには、脳機能に関連する全く新しい神経現象の発見、その知見に基づく新仮説の提唱や検証が期待できます。
  • 光学系における理想的な結像からのズレを意味します。収差が大きいと観察像にボケや歪みが生じてしまいます。また標本への光照射の効率が低下するため、暗い像になってしまい、結果的に低速で撮像しなければ像が得られないという状況になります。
論文タイトル:
Fast, cell-resolution, contiguous-wide two-photon imaging to reveal functional network architectures across multi-modal cortical areas
筆者:
Keisuke Ota, Yasuhiro Oisi, Takayuki Suzuki, Muneki Ikeda, Yoshiki Ito, Tsubasa Ito, Hiroyuki Uwamori, Kenta Kobayashi, Midori Kobayashi, Maya Odagawa, Chie Matsubara, Yoshinori Kuroiwa, Masaru Horikoshi, Junya Matsushita, Hiroyuki Hioki, Masamichi Ohkura, Junichi Nakai, Masafumi Oizumi, Atsushi Miyawaki, Toru Aonishi, Takahiro Ode and Masanori Murayama.
掲載誌:
Neuron 2021年6月2日(日本時間6月3日)号 (表紙に採択
DOI: 10.1016/j.neuron.2021.03.032
理研プレスリリース「脳の宇宙を捉える顕微鏡(動画あり)
<図の説明>
  • 低倍率かつ高開口数を実現する巨大レンズ 左から市販されている10倍の対物レンズ、本研究で開発した対物レンズ(10群13枚のレンズで構成。重さ4.2 kg)、チューブレンズ、スキャンレンズ。
  • 対物レンズ内における光路。励起経路の開口数(NA.)は0.4、蛍光経路の開口数は0.8。レンズ中心部分の収差を極限まで抑えた。
  • マウス脳における従来の2光子顕微鏡とFASHIO-2PMで観察できる視野の比較 白枠は観察視野、黒線は各脳領域の境界を示す。これまでの2光子顕微鏡はマウス大脳新皮質において一つの脳領域しか観察できなかったが、FASHIO-2PMでは複数脳領域から神経活動を同時観察できる。マウス脳は、Allen Mouse Common Coordinate Framework v3(CCF)からダウンロードしたデータから作成した。
  • FASHIO-2PMによって観測されたマウス大脳皮質2層(深さ120マイクロメートル)の神経細胞と機能的結合(神経細胞間の偏相関が0.4以上)の代表例。細胞の色は脳の15領域を示す。左、細胞間の機能的結合距離が500マイクロメートル以下である結合を白線で重ね書きした。丸(緑色)内の白線は密度が高い。これは距離が近い細胞は互いに結合し合うクラスターを形成していることを示す。右、2500マイクロメートル以上の例。クラスターを結ぶ離れた距離の結合が観測された)。十分な記録速度での広視野観察でのみ、このような同一脳領域内の細胞間、異なる脳領域の細胞間の両者に機能的結合が観測された。
  • 1つの細胞に結合している細胞数のヒストグラム ヒストグラムの裾に位置する細胞は、100個以上の神経細胞と結合していることを意味するハブ細胞である。ハブ細胞の割合は全体の1%に満たない。異なる色はそれぞれ異なるマウスから記録した結果を示す。
<研究者の声>
当初は神経活動を記録することすら上手くいかずに、初めて観察できた画像は小さい視野に浮かぶ神経細胞の活動でした。今となっては忘れられないデータですが、どのようにして9 mm2もの広い視野の細胞にカルシウムセンサーを発現させるか、悩みながら実験を続けていました。当時は夜から朝方にかけて2光子観察を行っていました。睡魔が襲い、仮眠をとったのですが、そのときの夢は我々の顕微鏡が競合相手の顕微鏡にすべて置き換わってしまう内容でした。この話は共同研究者の誰にも言えず、今になって話せる笑い話です。その後も、大規模な撮像データから細胞を検出する方法、抽出された神経活動データの解析方法など、常に壁にぶつかっていたように思えます。しかしながら、村山正宜TL、村山ラボメンバー、共同研究者の皆様のおかげで突破することが出来ました。共著者の皆様とは1つ1つのエピソードがあり、このプロジェクトを通じて多くのことを学ぶことができました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。本研究は日本医療研究開発機構 革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明(革新脳)プロジェクトに全面的にサポートされました。本研究を支えて下さった多くの先生、スタッフの皆様にもお礼申し上げます。
<略歴>
Please write your academic career.
2005年 国際基督教大学卒業、2010年 東京工業大学大学院 総合理工学研究科(青西亨准教授)にて博士(工学) 取得。2010年より理化学研究所 脳科学総合研究センター 行動神経生理学研究チーム 研究員(村山正宜TL)、基礎科学特別研究員、日本学術振興会特別研究員PD、2017年より同研究所 脳神経科学研究センター 触知覚生理学研究チーム 研究員(村山正宜TL)を経て、2020年4月より現職。
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