オックスフォード大学 実験心理学部
博士研究員
宮本健太郎
私たちは日常において、さまざまな種類の「不確実性」(もしくは「確率」)に対応しながら生活しています。そのうちの1つは、困難な問題を解くための自身の能力に起因する「内的」な不確実性、他の1つは私たちの周りの環境に依存し、自身でコントロールすることのできない「外的」な不確実性です。例えば、GPSを搭載していない車で、どのレストランに食事をしにいくか決める際、道順の記憶に基づいてどの程度確実にそのレストランに辿り着けそうか(内的不確実性)を予測するとともに、そのレストランがどの程度確実に開いていそうか(外的不確実性)も考えなければなりません。より確実にディナーを手に入れるには、車の運転に先立ってこの2つの不確実性を推定し、どのレストランに向かうかを決める必要があります。この研究は、脳がどのように異なる種類の未来の不確実性を予測し、比較するかを明らかにしました。
私たちの研究グループは、多数の細かい点がランダムな方向に運動する動画を用いて、内的不確実性と外的不確実性を比較する認知課題を新たに開発しました(図A)。この比較課題において、実験参加者は、「点の動きがランダムで分かりにくいが、その平均的な運動方向を正しく判別できれば必ず報酬がもらえる『内的不確実性』選択肢」と「点の動きが一様で運動方向の判別は簡単だが、報酬が(点の数に応じて)確率的にしかもらえない『外的不確実性』選択肢」を比べ、より報酬が貰える可能性の高そうな選択肢を選ぶことが求められました。まず私たちは、人々がこれら2つの「不確実性」を正確に推定する能力を持っていることを、この比較課題を用いて確かめました。次に、この比較課題を遂行中の脳活動を、磁気共鳴機能画像法(fMRI法)を用いて計測したところ、大脳皮質の「前外側前頭葉(47野; alPFC)」と呼ばれる領域が、「内的不確実性」の推定(「内的不確実性」選択肢に対する成功確率の予測)と、その「外的不確実性」選択肢との比較において重要なはたらきを果たすことがわかりました。さらに、経頭蓋磁気刺激法(TMS法)を用いてこの領域の脳活動を一時的に不活性化したところ、「内的不確実性」選択肢の成功確率(成績)そのものには全く影響が及ばないのにも関わらず、「内的不確実性」選択肢の成功確率の予測が正確に出来なくなりました(図B)。TMS実験の結果は、前外側前頭葉が「内的不確実性」と「外的不確実性」の間の正確な比較対応付け(マッチング)に必要な役割を担うことを示唆しました。
これらの実験結果は、前外側前頭葉が、自身の未来の行動の成功確率を予測し、その予測に基づいて最適な意思決定を行うために重要であることを明らかにしました。前外側前頭葉は進化的に新しく、霊長類の中でもとりわけヒトのみでよく発達した脳部位として知られています。人間に顕著な未来に対する想像力(イマジネーション)―例えば、就職活動時に、自らの能力や適性を自己評価し、自身にふさわしい応募先を予め選択する能力―が、前外側前頭葉のはたらきによって生み出されることが示唆されました。
論文タイトル:Identification and disruption of a neural mechanism for accumulating prospective metacognitive information prior to decision-making
筆者:Kentaro Miyamoto, Nadescha Trudel, Kevin Kamermans, Michele C Lim, Alberto Lazari, Lennart Verhagen, Marco K Wittmann, Matthew F Rushworth.
掲載誌:Neuron 2021年4月21日(日本時間4月22日)号[3月16日より先行オンライン公開]
DOI: 10.1016/j.neuron.2021.02.024
https://www.cell.com/neuron/fulltext/S0896-6273(21)00124-0
<図の説明>
(A) 実験参加者は、多数の動点の曖昧な運動方向を判断する課題の成功確率(内的不確実性選択肢)を予測し、点の数によって示される外部環境に由来する確率(外的不確実性選択肢)と比較した。実験参加者がこの2つの確率を正確に推定し比較する能力を持っていることが確かめられた。(B) 前外側前頭葉の脳活動は、実験参加者の内的不確実性選択肢に対する主観的評価を反映し、この2つの不確実性選択肢の比較に欠かせないはたらきを担うことがわかった。
<研究者の声>
この研究は、未来の自分自身に関する思考―未来に対する「メタ認知」―を行う脳の仕組みをはじめて明らかにしました。これまでに神経科学の分野でほとんど検証されていな高度な思考のはたらきを研究対象としたので、まったく新しい認知課題を設計する必要があり苦労しました。メンターのMatthew Rushworth教授や同僚のNadescha Trudel博士らと緊密にディスカッションしながら、このトピックに関する理解を深め、認知課題のデザインと実験のフレームワークを精緻化していく過程は、とてもエキサイティングでした。
<略歴>
2008年、東京大学教養学部生命・認知科学科(村上郁也教授)卒業。2010年、東京大学大学院医学系研究科(宮下保司教授)修士課程修了。2014年、同・医学博士課程修了。同・博士研究員(日本学術振興会特別研究員[PD])を経て、2017年より、英国オックスフォード大学実験心理学部(Matthew Rushworth教授)博士研究員