筑波大学医学医療系 / 国際統合睡眠医
科学研究機構(WPI-IIIS)
博士課程大学院生
髙橋 徹
われわれ哺乳類は、体温を通常の外気温よりも高い状態で一定に維持しています(図上)。哺乳類の体温は約37℃に設定されており、体温は中枢神経系(脳、とくに視床下部)によって制御されています。この約37℃という“設定温度”付近に体温を維持する仕組みは大変強固であり、この体温のおかげで哺乳類は高いパフォーマンスを発揮できますが、その反面、多大なエネルギーを消費し続けています。
哺乳類にとって、低体温は生命の危機に直結します。しかし、一部の哺乳類(リス、ハムスター、ヤマネ等)は設定温度を低下させ、体温を“安全に”下げることができます。消費エネルギーを抑え、冬などのエネルギー源の乏しい時期を生き延びるためです。この生理的に低体温になる現象のことを休眠といい、特に長期間に及ぶ休眠は冬眠(hibernation)といいます。冬眠中、あらゆる生理機能が劇的に低下しますが、冬眠動物は何ら障害なく自発的に回復します。冬眠とは、いわば省エネ生存戦略なのです。しかし、冬眠動物がいかにして代謝・体温を下げているのか、設定温度を下げているのかは全く不明でした。
今回、私たちは、マウスの体温を調節する中枢と考えられている脳部位(視床下部の前方)に存在する、特定のニューロン群を興奮させると、マウスの体温が数日間に渡り大きく低下し、代謝も著しく低下することを発見しました (図下)。この休眠(Quiescence)のような状態を導く神経細胞群をQニューロン、誘導される低代謝をQIH (Q neuron-induced hypometabolism)と名付けました。この低代謝状態は少なくとも1日以上安定して持続し、その後全てのマウスは障害なく、自発的に元の状態にまで回復することがわかりました。
QIH中のマウス(以下、QIHマウス)の体温・代謝を詳細に観察し、設定温度を理論的に算出したところ、QIHマウスの設定温度は約9℃低下していることが分かりました。一般に、哺乳類は代謝(熱産生)を亢進させることで、厳しい寒冷下でも体温を維持しようとします(図上)。興味深いことに、QIHマウスにも同様な現象が確認され、寒冷下に置かれると代謝を亢進させ、ある一定のレベルで体温を維持しました。これは、QIHは著しい低体温状態ではあるものの、(たとえば全身麻酔のような)受動的な低体温状態ではないことを示しています。すなわち、QIH における体温調節機構は、新たに低く設定された体温に沿うように適切に“制御されている”ことがわかりました。「設定温度の低下」および「機能的な体温調節」が同時に起こるのは、冬眠中の冬眠動物においてのみですので、QIHは冬眠に似た低代謝・低体温状態であるという結論に至りました(図下)。
本研究によって、哺乳類に保存されているQニューロンを選択的に興奮させることで、非冬眠動物(マウス)に冬眠様状態(QIH)を誘導できることが明らかとなり、ヒトを含めた非冬眠動物も冬眠誘導システムを保持している可能性が提唱されました。
将来的には、QIHのような冬眠誘導技術のヒトへの応用、すなわち「人工冬眠」の実現を夢見ています。人工冬眠には多彩な将来性がありますが、私たちはとくに救急医療への応用を考えています。例えば重症患者の緊急搬送の際、患者を一時的かつ安全に冬眠状態にすることで、臓器や組織へのダメージを最小限に抑え、治療までの時間を稼ぐことができるのではないかと考えています。より多くの命や機能を救える“次世代型の低代謝医療”の実現可能性を、冬眠という生理的な低代謝現象に見出し、冬眠の原理解明に向けてこれからも研究に励んで参ります。
A discrete neuronal circuit induces a hibernation-like state in rodents
Tohru M. Takahashi, Genshiro A. Sunagawa, Shingo Soya, Manabu Abe, Katsuyasu Sakurai, Kiyomi Ishikawa, Masashi Yanagisawa, Hiroshi Hama, Emi Hasegawa, Atsushi Miyawaki, Kenji Sakimura, Masayo Takahashi & Takeshi Sakurai 2020, Nature, 583, 109-114.
<図の説明>
(上図左) 哺乳類は体温を37℃付近に(高く一定に保つ)恒温動物であり、熱を生み出すために多くのエネルギーを消費し続けている。例えば睡眠などの非活動状態においても体温は維持され、代謝は高いままである。(上図右) 寒い環境に置かれても哺乳類の体温は強固に維持されるが、それは高い代謝率(エネルギー消費)によって支えられている。(下図左) マウス脳の視床下部に存在するQニューロンを選択的に興奮させると、体温・代謝・心拍数など様々な指標が大きく低下する。(下図右) QIHマウスが示す主な特徴。この4つを同時に満たす唯一の生命現象は「哺乳類の冬眠」である。
<研究者の声>
修士課程より櫻井武研に加入し沢山実験をさせて頂けたものの、ほぼ全ての実験に失敗し、研究を辞めようと何度も思いました。しかし幸運にも低体温Qマウスに遭遇してからは邪念の余地はなく、砂川玄志郎さんの甚大な協力も得て、猛烈な勢いで研究が進展していきました。結局、Qマウス発見から約2年2ヶ月でアクセプトに辿り着きました。低代謝研究の面白さに加え、結果が出ることの嬉しさも相まって、常に研究のことを考えていた様に思います。これから博士号取得に挑む皆さん、心から尊敬できる人・活躍できる場所を(自ら選択して)見つけ、自分が知りたいことを求めて“本気で”行動してみてください。きっと、そこに幸運は潜んでいます。
<略歴>
2016年、鳥取大学医学部生命科学科卒業。2018年、金沢大学大学院医薬保健学総合研究科修士課程修了。2018年、筑波大学大学院人間総合科学研究科生命システム医学専攻博士課程入学、現在に至る。2019年度より日本学術振興会特別研究員DC1。