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謎の脳領域「前障」は睡眠中の脳活動を制御する

東邦大学医学部解剖学講座微細形態学分野
助教 成清公弥

睡眠中の脳波として知られるゆっくりとした大きな波「徐波」ですが、その発生を制御する仕組みはこれまで謎でした。今回、大脳皮質深くにある謎多き脳領域「前障」が、大脳皮質での徐波の制御に関わっていることを明らかにしました。

 深く眠っている間、私たちの意識は無くなりますが、その間も脳は活動を続けています。深い睡眠中の脳の活動を脳波計で記録すると、徐波と呼ばれる波長1秒程度の振幅の大きい波が繰り返し見られます。この徐波は、大脳皮質のたくさんの神経細胞の電気的活動が興奮状態から一斉に200ミリ秒程度にわたり静止状態になることで生じますが、一斉に電気的活動を静止させる仕組みはこれまで不明でした。
 前障はヒトを含むすべての哺乳類の大脳新皮質の深部に存在する薄いシート状の神経構造です(図A)。前障の神経細胞は、ほぼすべての大脳皮質領域に投射し、またそれらの領域から投射を受けるというユニークな解剖学的特徴を持っています。この解剖学的特徴から、前障の機能として、多感覚情報の統合や注意の割り当て、あるいは意識の神経基盤であるといった多くの興味深い仮説が立てられ、世界中で研究が進められていますが、まだまだ謎の多い脳領域です。本研究では、この前障が大脳皮質での徐波の制御に関与することを明らかにしました。一般に、徐波の制御には、視床が重要な脳領域と考えられてきましたが、今回の研究は、視床を介さない徐波生成メカニズムの一端を明らかにしたという点で重要です。

 実験にはまず、前障の神経細胞の活動を選択的に操作できるようにしたトランスジェニックマウスを作製しました。そのマウスを用いて神経解剖学、電気生理学、光遺伝学等の手法により前障と徐波の関係を調べた結果、次のような仕組みがあることがわかりました。
 ①睡眠中に前障の神経細胞の発火活動が高まる→②前障の神経細胞の発火活動が、大脳皮質の中にある抑制性介在神経細胞を選択的に発火させる→③抑制性介在神経細胞の活動で、大脳皮質の多数の神経細胞の活動が一斉に静止状態になり、徐波が生じる(図B)。
 本研究は、これまで謎だった睡眠中の徐波生成の背後にある多くの神経細胞が一斉に静止状態になる仕組みを明らかにしたものです。徐波はまだまだ謎の多い現象ですが、その機能については近年世界中で研究が進んでおり、睡眠中の徐波が記憶の固定化や脳の老廃物の除去に関わるといった興味深い報告が相次いでいます。今後はこれらの徐波の機能との関連で、前障の役割の解明が期待されます。また前障自体が徐波以上に未解明で謎の多い脳領域です。おそらく睡眠中の徐波の制御は前障の機能の一端に過ぎず、覚醒中にも様々な役割を果たしていると考えられます。本研究を糸口として、前障の機能の包括的な解明にも取り組んでいきたいと考えています。

The claustrum coordinates cortical slow-wave activity.
Kimiya Narikiyo†, Rumiko Mizuguchi†, Ayako Ajima†, Momoko Shiozaki, Hiroki Hamanaka, Joshua P Johansen, Kensaku Mori, Yoshihiro Yoshihara 2020 Nature Neuroscience 23(6) 741-753
(†These authors equally contributed to this study.)


<図の説明>
(A)ヒトとマウスの前障。ヒトの脳(片側)とマウスの脳の冠状断面図。どちらも前障(赤紫部分)は大脳皮質の深部にあり、シート状の構造をしている。 (B)本研究から予想される前障による大脳皮質徐波制御の模式図。

<研究者の声>
論文投稿から受理まで丸2年かかりました。投稿当時は、前障の機能を検証した論文はまだ数えるほどしかなかったのですが、なぜかその後、前障の機能に関する論文が次々と発表され始め、世界中で同じタイミングで研究が進められていたことに驚きました。この数年で前障の研究は急速に増えていますが、まだまだ少数派ですので、今後益々の盛り上がりを期待しています。本研究は前所属先である理化学研究所脳神経科学センターシステム分子行動学研究チームで行いました。挑戦的なテーマに最高の研究環境で取り組むことができました。チームリーダーの吉原良浩先生はじめ共著者の方々、研究室の方々に心より感謝申し上げます。

<略歴>
2004年早稲田大学卒業、2009年九州工業大学大学院生命体工学研究科脳情報専攻にて博士号取得、2009年同博士研究員、2011年東京大学大学院医学系研究科細胞分子生理学教室特任研究員、2015年理化学研究所脳神経科学研究センターシステム分子行動学研究チーム研究員を経て、2020年より東邦大学医学部解剖学講座微細形態学分野助教。

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