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視床下部神経回路の周期的なリモデリングによる雌性行動の制御

スタンフォード大学 精神医学・行動科学科
博士研究員    井上清香

雌マウスにおいて、エストロゲン依存的に起こる視床下部の神経回路接続の可塑的な変化が、性行動のタイミングを制御することを見出しました。

 哺乳類を含め多くの脊椎動物の雌は、発情期という排卵前後のタイミングに雄のマウントを受け入れ性行動の頻度を増加することで、種の保存に必須な生殖の成功確率を高めています。雌マウスの発情期は、卵巣で産生されるエストロゲンやプロゲステロン等の性ホルモンの上昇とリンクしており、脳内に発現しているこれらの性ホルモン受容体が雌性行動の発現に必要であると明らかにされてきました。しかし、性ホルモンが脳内のどの神経回路に作用し、雌性行動の頻度を増加するタイミングを決定するのか、そのメカニズムは不明でした。
 今回、私たちは、視床下部腹内側部のプロゲステロン受容体陽性細胞(Progesterone receptor expressing neurons in the ventrolateral portion of the ventromedial hypothalamus: Pvlニューロン)に着目しました。発情期のPvlニューロンの形態を調べたところ、前腹側室周囲核(Anteroventral periventricular nucleus: AVPV)への神経回路特異的にプレシナプスbouton (神経伝達物質が放出される部位) の密度が3倍以上にも増加していました。また、このプレシナプスboutonの増加は、エストロゲンのシグナルを介して起こっていました。加えて、発情期にはPvlニューロンからAVPVへの神経回路における神経伝達が促進されていました。さらに、PvlニューロンからAVPVへの神経回路の活動を阻害したところ、発情期にもかかわらず雌は雄を拒否し、性行動の頻度が大きく減少しました。以上から、「発情期には、性ホルモンがPvlニューロンからAVPVへの神経回路接続を増加させることにより、性行動の頻度を増加させる」ことが明らかとなりました(図)。
 雌マウスの性周期は4-5日程度で、そのうち発情期は1-2日程度です。本研究では、このような短い周期でPvlニューロンからAVPVへの神経回路接続に生じるダイナミックな可塑的変化が、行動を出力するタイミングを決定するという行動制御メカニズムを見出しました。今後、他の脳領域でもこのような行動制御メカニズムが存在するのか、また妊娠・出産や養育のような性ホルモンが密接に関与する他のライフイベントの制御にも共通するメカニズムであるのか、明らかにすることが期待されます。

Periodic remodeling of a neural circuit governs timing of female sexual behavior
Inoue S, Yang R, Tantry A, Davis Ch, Yang T, Knoedler JR, Wei Y, Adams EL, Thombrae S, Golf SR, Neve RL, Tessier-Lavigne M, Ding JB, Shah NM. 2019, Cell, 179, 1393-1408.

非発情期はPvlニューロンからAVPVへの神経回路接続が少ない(左)。発情期にはエストロゲンの作用によりPvlニューロンからAVPVへの神経回路接続が増加することで、神経伝達を促進し、雌性行動の頻度を増加させる(右)。

<研究者の声>
本研究の要である、性ホルモンによるPvlニューロンからAVPVへの神経回路接続の変化は、1年ほどの試行錯誤の末に見つかりました。興奮しつつもにわかには信じられず、色々な実験条件で繰り返し確認してようやく自信を持つことができました。その間、研究室の引っ越しに伴って実験が3か月ストップしたのには焦りました。しかし、新たな環境で多くの優秀な共同研究者に恵まれ、研究が大きく展開していきました。本研究に関与して下さった全ての共同研究者に感謝いたします。特に、素晴らしい研究環境を整えてくれ、厳しくもエキサイティングな議論を重ねて下さった、Nirao Shah教授には深く感謝申し上げます。

<略歴>
2013年3月 東京大学医学系研究科博士課程修了、同大学にて日本学術振興会特別研究員PD、特任研究員を経て、2014年7月よりスタンフォード大学(2016年9月までカリフォルニア大学サンフランシスコ校)Nirao Shah研究室博士研究員。

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