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神経活動の時間的なパターンに基づいた神経ネットワーク形成

東京大学 大学院薬学系研究科
特任助教 中嶋 藍

嗅覚神経系をモデルシステムとして、「経時的に変化する神経活動のパターン」という情報に基づいて、神経ネットワーク形成が行われることを発見しました。

 神経細胞は、「活動電位」と呼ばれる電気信号を発します。この神経活動は、成熟した脳においては、神経細胞同士が互いに情報をやりとりする手段として使われますが、発達期の脳においては、神経ネットワークそのものを作るために必要であることが知られています。しかし、活動電位のオン・オフというデジタルな情報で表される神経活動がどのようにして複雑かつ精緻なネットワークを構築しているのかについては、長い間謎のままでした。
 嗅上皮に存在する嗅神経細胞(嗅細胞)は、固有の嗅覚受容体(OR)を発現し、嗅球上の糸球体に正確に接続します(図C下)。私たちの研究グループは、こうした嗅細胞が織りなす神経ネットワークが、発達期にどのような神経活動によって形成されるのか、そのメカニズムの解明を目指して嗅細胞の神経活動の『観察』と『操作』の実験を行いました。まず、発達期の嗅神経の自発的な神経活動を観察するためにカルシウムイメージング法を導入し神経活動を可視化することを試みました。今回、嗅細胞特異的に高感度カルシウムセンサーを発現する遺伝子改変動物を作製し、嗅細胞の自発的な神経活動は細胞ごとに多様なパターンを示すことを見出しました(図A)。また、同じ糸球体に接続する嗅細胞の集団は同様の神経活動のパターンを示す一方で、異なる糸球体に接続する嗅細胞集団は異なる神経活動パターンを示していたことから、嗅細胞のネットワーク形成には神経活動の『時間的なパターン』が重要であるという仮説に至りました。
 この仮説を検証するため、光遺伝学的手法により様々な神経活動パターンを人為的に誘導可能な実験系を構築しました。この実験系を用いて異なる神経活動パターンを誘導したところ、神経活動パターンがネットワーク構築に関わるタンパク分子(軸索選別分子)の特異的な発現を制御していることが明らかになりました。また、数秒単位の短期バースト状発火、数十秒から数分単位の長期バースト状発火というように異なる神経活動パターンを与えることで異なる軸索選別分子の発現が特異的に上昇することを見出しました(図C)。これらの結果から、個々の嗅細胞が示す多様かつ嗅覚受容体固有の神経活動パターンは個々の神経細胞の個性に対応した多様な「分子コード」を作り出し、嗅球上の複雑かつ精緻なネットワークの構築が可能となっていると考えられます(図B、C)。
 神経活動に依存した神経ネットワークの精緻化は、「臨界期」と呼ばれる発達の限られた期間に起こります。その破綻は後の様々な神経疾患につながることから、具体的な仕組みを明らかにすることは神経科学における大きなテーマのひとつとなっています。今回の我々の研究結果は、長い間支配的であったヘブ則とは異なる神経活動依存的な新奇メカニズムの存在を示すものとして、今後他の脳領域へと応用されていくことが期待されます。

論文タイトル:Structured spike series specify gene expression patterns for olfactory circuit formation
著者:Ai Nakashima, Naoki Ihara, Mayo Shigeta, Hiroshi Kiyonari, Yuji Ikegaya, and Haruki Takeuchi
雑誌(掲載年):Science (2019)
doi: 10.1126/science.aaw5030

(A) 嗅上皮の嗅細胞においてカルシウムセンサータンパク質であるGCaMP6fを発現するマウスにカルシウムイメージング法を適用し、神経活動を観察したところ、細胞ごとに異なる多様なパターンの自発的な神経活動が見られた。
(B) 嗅細胞の接続先の糸球体では、嗅細胞の軸索末端が集まっている。軸索末端の中では、ネットワーク構築に関わるタンパク分子(軸索選別分子(Kirrel2, Sema7A, PCDH10))のそれぞれの発現パターンが異なっているため、個々の糸球体は固有の分子発現量の組み合わせとして表現される。
(C) 本研究結果の模式図。嗅上皮の嗅細胞に発現する嗅覚受容体(OR)は固有の自発的な神経活動パターンを規定し、異なる神経活動パターンは異なる軸索選別分子の発現を誘導する。これによって、発現するORの種類に固有の軸索選別分子の発現量の組み合わせを作り出し、それぞれの糸球体に分離して接続すること(糸球体分離)に役立てている。

<研究者の声>
 専ら分子生物学的な手法によって研究を行っていた私にとって、カルシウムイメージングや光遺伝学的手法など新しい手法を取り入れてプロジェクトを行うことは期待とともに先の見えない不安も大きいものであり、途中多くの方々からの協力や励まし、助言がなければ成し遂げることは出来ませんでした。特に、研究を行うに当たり、共に先の見えない研究プロジェクトを戦い抜いてくれた伊原尚樹氏、竹内春樹先生、また結果がでるまで長い間見守り指導をして下さった池谷裕二先生に深く感謝致します。

<略歴>
2011年3月 東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 博士課程単位満了退学
2011年4月-2013年3月 東京大学理学系研究科生物化学専攻特任研究員
2013年4月-2015年3月 福井大学医学部高次脳機能領域 学術研究員
(2014年3月理学博士号取得)
2015年4月-2015年10月 東京大学大学院薬学系研究科 特任研究員
2015年11月-現在 東京大学大学院薬学系研究科 特任助教

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