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意思決定の個体差を生む脳内機構
-外的撹乱に対する神経活動の応答性の違いが行動選択の個性を決める-

関西医科大学物理学教室
助教 栗川知己

同じ刺激を与えても個体毎に異なった反応を示します。我々はこの個体差が前頭野における神経活動の性質の違いから生まれることを見つけました。

行動の選択肢と、その行動選択に伴う報酬との関係性がはっきりしないような不確実性が高い状況下では、行動選択は個体によって大きくばらつきます。このような個体差が出現するメカニズムはほとんど知られていませんでした。そこで我々は前頭野の一部である内側前頭皮質に着目しました。この領野では、感覚刺激と、行動(運動)情報とがともに表現されることが知られています。そこで私たちは、行動の個体差は、この領域での神経活動の性質の違いによって生じているのではないかと考えました。

我々は、ラットに高(低)周波数の刺激音を聞かせ、周波数の高低に応じて左右のノズルをなめ分けるという意思決定課題を用意し、その時の内側前頭皮質の活動を記録しました。この課題において、学習済みの高低2音の間に、外的な攪乱として新たな周波数の音をいくつか挿入し、これらの新しい音に対するラットの行動選択を観察しました。その結果、ラット間において行動選択の変動性に大きな個体差が見られました。具体的には周波数に応じて行動の選択確率を敏感に変化させる個体もいれば、周波数によらず左右どちらかの選択肢に偏る個体もいました。

個体間における選択の変動のしやすさ(=行動の敏感さ)の違いを生む機構を明らかにするため、数理モデルを用い推定しました。その結果、行動の敏感さは、外的な撹乱を加えたときの神経活動の反応の大きさの違い(=神経活動の感受性)によって決まることが示されました。次にこの仮説を実験的に検証しました。ただし、感受性を神経活動から直接測定することは難しいので、感受性と相関の高い神経活動の試行ごとの揺らぎの大きさを解析しました。その結果、この揺らぎが行動の敏感さに影響を与えることを実験データでも確認することができました。

以上から、選択変動性が高い敏感なラットは、神経活動が外部からの撹乱の影響を受けやすく不安定なため、音の周波数に応じて行動選択確率を変化させるのに対し、選択変動性が低いラットは撹乱に対して安定しているため、新しい周波数に対しては敏感に応答しないと考えられます。つまり、神経活動が外的撹乱の影響を受けやすいかどうかで、ラットの心理測定曲線の傾向が決まることが分かりました(下図)。

行動選択の個体差は脳全体の神経ネットワークの特性としてしばしば解釈されます。このような一般的な解釈とは対照的に、本研究の結果は、脳内の局所神経回路の性質が行動の個体差に強く影響し得る可能性を示しています。

<図の説明> 左の心理測定曲線に示すように、意思決定課題において、感受性の高いラットは新しい刺激音(外的攪乱)に敏感に応じて行動選択確率を変え(黄)、感受性の低いラットは新しい刺激には敏感に応答しない(紫)。また、右に示すように数理モデルでは、行動の変動性が高いラットでは内側前頭皮質の神経活動(ここでは軌道で表現される)が新しい音などの外的撹乱(赤矢印)の影響を受けやすく乱されやすい。一方で低感受性のラットでは外的撹乱を受けても安定していることを示した。

発表論文
Tomoki Kurikawa, Tatsuya Haga, Takashi Handa, Rie Harukuni and Tomoki Fukai, “Neuronal stability in medial frontal cortex sets individual variability in decision-making”, Nature Neuroscience, 10.1038/s41593-018-0263-5

<研究者の声>
本研究は、数理モデルによる解析・仮説提案と実験データの解析による確認という流れになっています。今まで筆者は理論・モデル解析をやっており、実際の実験データを解析するという経験は本研究が初めてでした。この期間は解析結果がうまくでない(そしてその理由もよくわからない!)という長期のストレス期間と、時折の“何かわかるかも!?”という少しの喜びの繰り返しでした。最終的に自分としてある程度納得できる結果が得られてホッとしています。また、長期葛藤中の筆者に“議論はすれども、文句は言わず”であったラボヘッドの深井先生には大変感謝しております。

<略歴>
2012年東大総合文化研究科博士課程修了。2013年まで東大で学振PDの後、2018年6月まで理化学研究所脳科学総合研究所(現・脳科学センター)にて研究員(2013-2015年は学振PD)。現在関西医科大学助教。

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