視覚が生じる前の網膜活動が緻密な神経回路網を設計する
Yale School of Medicine, Department of Neuroscience
Associate Research Scientist
松本 直之
視覚入力が始まる前の網膜には、自発的な神経活動の波(網膜波)が伝播しています。私たちは、この網膜波のパターンが視神経の軸索形態的変化を分枝レベルで制御する仕組みを明らかにしました。
神経細胞の電気信号は、細胞間の情報伝達を担うだけでなく、既存の神経回路ネットワークの配線を再編成する役割をもちます。例えば、目が見える以前の網膜では同期的な神経活動の波が伝播しており、この網膜波を完全に阻害すると視覚系神経回路の配線に異常が生じます。しかしながら、この網膜波の「パターン」がどのように神経回路の再編に寄与するのか明らかになっていませんでした。
刻一刻と変動する網膜波と神経回路再編の関係性を明らかにするためには、従来的な組織切片標本を用いた解析では不十分です。そこで私たちは、網膜波と神経回路再編を同時に観察する生体内イメージング手法をマウスの視覚系神経回路で確立しました。この独創的なイメージング手法により、個々の軸索の発火と網膜波が同期する領域で軸索分枝の付加が起こり、一方、非同期発火する領域で軸索分枝の除去が起こることを明らかにしました。この現象は、個々の軸索の発火活動と網膜波を人為的に非同期化させることで起こらなくなることから、網膜波のパターンには軸索形態変化を分枝レベルで制御するインストラクターとしての役割があると考えられます。私たちはさらに、単一軸索の形態変化と神経伝達物質の放出を同時に観察できる新規イメージング手法を確立し、興奮性神経伝達物質の放出量が多いシナプス前終末から軸索分枝が優先的に形成されることを明らかにしました。先の結果を踏まえると、個々の軸索の発火活動と網膜波の同期は、シナプス増強を介することで軸索分枝の付加に寄与していることが考えられます。
本研究の成果は、膨大な数の神経細胞によって構成される複雑な神経回路ネットワークが単一軸索レベルで正確に配線される後天的メカニズムを明らかにしたものであり、後天的な神経回路異常に伴う脳神経疾患の病態解明および、その臨床応用にも波及することが期待されます。
<掲載ジャーナル>
Hebbian instruction of axonal connectivity by endogenous correlated spontaneous activity.
Matsumoto N, Barson D, Liang L, and Crair M.
Science 385(6710): 2024.
https://doi.org/10.1126/science.adh7814
<図の説明>
同期した自発発火の波(網膜波)が、視神経軸索の結合様式を決定する仕組み。標的領域における網膜波のパターンは、発火しているシナプス後細胞たちの位置に一致することが明らかになっています。シナプス前細胞とシナプス後細胞が同期発火すると、シナプスの増強と安定化が起こります。軸索の分枝は、神経伝達物質の放出量が多いシナプスから形成されるため、同期発火が起こる領域で軸索分枝が優先的に付加されていきます。一方、シナプス前細胞とシナプス後細胞が非同期発火をしている領域ではシナプス結合が少なくなり、軸索分枝が不安定になります。そのため、非同期発火が起こる領域では軸索分枝の除去が優先的に起こります。
<研究者の声>
本研究は、Yale大学のMichael Crair研究室とLiang Liang研究室の共同で行いました。本研究の着想は大阪大学の山本亘彦研究室に所属していた時から考えていたものでしたが、当時のイメージング技術では実現が難しい構想でした。近年のイメージング技術の躍進に加え、留学先の研究環境に恵まれたおかげで本成果の実現に至ることができたこと、心から嬉しく思います。提案したプロジェクトを快く受け入れ、自由に研究をさせてくれたCrair博士をはじめ、論文執筆に根気よく付き合ってくれたLiang博士、二光子顕微鏡のセットアップを手助けしてくれたBarson博士、また、ご助言くださった皆様方に心より御礼申し上げます。
<経歴>
2015年 大阪大学大学院 生命機能研究科 博士課程修了
2015年 金沢大学 医学類 助教
2020年 Yale School of Medicine, Associate Research Scientist
現在に至る