[一般の方へ ] 神経科学トピックス

眠りの量と眠気を制御するリン酸化経路

筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)柳沢・船戸研究室
研究員
北園 智弘
 本研究で私たちは、LKB1、HDAC4/5という眠りの量と眠気を制御する分子群を新たに発見しました。これらの分子は脳の視床下部で眠りの量を、大脳皮質で眠気をそれぞれ制御しており、眠りの量と眠気が脳内の別々の領域で制御されていることを明らかにしました。
 私たちは睡眠時間を毎日ほぼ一定に保つ機構を持っており、徹夜や夜更かしをした翌日には寝不足を取り戻すように眠りのリバウンドが起こります。この眠りの量の制御に重要なのが眠気です。眠気は起きている間に徐々に脳に溜まっていき、眠ることで消えると考えられています。しかし、その眠気の実体とはいかなるものなのか、そして、眠気がいかに眠りの量を制御しているのかは未だはっきりとは分かっていません。
 私たちの研究室では2016年に脳の中のSIK3という分子が眠りの量と眠気を制御していることを突き止めました。生物は、膨大な数の分子が信号を次から次へと順に伝達する「シグナル伝達経路」という分子同士のネットワークを形成して周囲の環境に適応しています。私たちが発見したSIK3という分子はこのシグナル伝達経路を構成する分子の1つです。つまり、この発見は、生物が眠りの量や眠気を制御するシグナル伝達経路を持っているということを示しています。そこで、本研究ではSIK3とともに眠りの量や眠気を制御するシグナル分子を探し、このシグナル伝達経路の全容を明らかにすることを試みました。
 本研究では7,000匹以上の突然変異マウスについて脳波と筋電を計測することで、睡眠に異常があるマウスを探しました。その結果、新たにHDAC4という分子が眠りの量と眠気を制御していることを発見し、さらにSIK3の制御因子の一つとして知られていたLKB1という分子もこの機構に関与していることを明らかにしました。このことから、LKB1-SIK3-HDAC4経路と呼ぶべきシグナル伝達経路が生体内で睡眠を制御していることが分かりました。
 私たちは過去の研究で、Sleepy(スリーピー)と名付けたSIK3タンパク質の13番エキソン領域が欠けた遺伝子変異によって、眠りの量と眠気が増大することを発見しました。そこで、本研究ではSIK3が脳内のどの領域で働いているのかを確かめるために、脳内の特定の領域でだけSleepy変異型SIK3タンパク質が作られる変異マウスを作製しました。すると驚くべきことに、Sleepy変異型SIK3タンパク質を脳の視床下部だけで作らせると眠りの量だけが増加し、大脳皮質だけで作らせると眠気だけが強くなることが分かりました。これは眠りの量と眠気は脳の別々の領域で制御されていることを示しています。
<掲載ジャーナル>
論文タイトル:
Kinase signalling in excitatory neurons regulates sleep quantity and depth
著者:
Staci J Kim#, Noriko Hotta-Hirashima#, Fuyuki Asano#, Tomohiro Kitazono#, Kanako Iwasaki#, Shinya Nakata#, Haruna Komiya#, Nodoka Asama#, Taeko Matsuoka, Tomoyuki Fujiyama, Aya Ikkyu, Miyo Kakizaki, Satomi Kanno, Jinhwan Choi, Deependra Kumar , Takumi Tsukamoto, Asmaa Elhosainy, Seiya Mizuno, Shinichi Miyazaki, Yousuke Tsuneoka, Fumihiro Sugiyama, Satoru Takahashi, Yu Hayashi, Masafumi Muratani, Qinghua Liu, Chika Miyoshi, Masashi Yanagisawa, Hiromasa Funato, #共同筆頭著者
掲載誌:
Nature, 2022 Dec;612(7940):512-518,
https://www.nature.com/articles/s41586-022-05450-1
<図の説明>
 神経細胞内のLKB1-SIK3-HDAC4シグナル伝達経路(左)が、大脳皮質において眠気を制御し、視床下部において睡眠の量を制御する。
<研究者の声>
 私たちの研究では7,000匹以上の突然変異マウスを調べることで、新規睡眠制御分子を探索しました。その結果、先行研究ではSIK3を、本研究ではHDAC4を見つけ出すことができましたが、驚くべきことに、この2つの分子はそれぞれ別々に見つかったにも関わらず、直接信号のやり取りを行う分子でした。睡眠は何十、何百もの分子で制御されているであろうことから考えると、その中からたまたまこのペアが見つかったのは奇跡的だと言えます。ただ、実は私たちがそう仮定しているだけで、実際には睡眠を制御している分子の数が意外と少ないだけなのかもしれません。実際はどうなのか、これは今後の睡眠研究で明らかになることでしょう。
<略歴>
2017年、九州大学大学院システム生命科学府システム生命科学専攻一貫制博士課程修了。博士(理学)。2018年より筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)柳沢/船戸研究室 研究員。2021年よりJSPS特別研究員。
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