[一般の方へ ] 神経科学トピックス

統合失調症を引き起こす巨大なシナプス

理化学研究所・脳神経科学研究センター・多階層精神疾患研究チーム
客員研究員
小尾(永田) 紀翔
 統合失調症の原因は未だ解明されておらず、これまで様々な病態仮説が提唱されてきました。本研究では、統合失調症モデルマウスと統合失調症患者由来の死後脳に共通して観察された巨大なシナプスの出現が統合失調症の病態生理を説明し得る新たな仮説となることを示しました。
 「超」伝導や「超」臨界など、自然界には「超」と名の付く現象が多数あります。これらの現象の共通点は、ある状態を境にy = xの比例関係では説明が出来ない非線形で特異な性質を有する点です。今回我々は、神経細胞間のつなぎ目であるシナプスが一定の大きさを超えると、単なる線形性ではなく、S字型のシグモイド関数で説明できる急峻な膜電位増幅をシナプス自体が引き起こすこと、そしてこの「超」線形的な現象が統合失調症の病態生理の一端を担うことを明らかにしました。
 シナプスは1つの神経細胞に約1万個存在し、このシナプスへのまとまった入力により神経細胞の膜電位が上昇し、神経発火という現象が起きます。これまでの研究で、シナプスの数、タイミング、そしてシナプス間の距離という数・時間・空間の3つの要素が神経発火を発生させ、情報を新たに別の神経細胞に送るために重要であることが知られていました。しかしながら、個々のシナプスの大きさがどのように神経発火に関与するのかは十分に分かっていませんでした。
 我々は、シナプス入力の受け手側であるシナプス後部を構成する樹状突起スパインという構造の、特にそのサイズに着目し、神経細胞の電気的な振る舞いを測定するパッチクランプ法と、非常に精細なシナプス入力制御を可能にする2光子アンケージング法を組み合わせることで、ある一定以上の大きさを超えたスパインは、受け取ったシナプス入力を著しく増幅させる超線形的な性質を持つことを発見しました。この著しいシナプス入力増幅効果を持つスパイン群を巨大スパインと定義し、精神疾患の発症メカニズムとの関連を検証したところ、複数の統合失調症モデルマウス、さらには統合失調症患者由来死後脳で、巨大スパイン数の増加を見出し、巨大スパインの出現が統合失調症の原因ではないかと仮説を立て研究を進めました。その結果、巨大スパインの出現に伴い、神経細胞の発火頻度が上昇し、不規則な発火を呈する回路の不安定化が認められました。さらに、光操作により巨大スパインの出現を抑制することで、モデルマウスが呈する統合失調症様行動を抑制できることが明らかになりました。
 本研究の意義は、超線形な生理学的性質を有する巨大スパインの発見と、この巨大スパインが統合失調症の病態生理の一端を担うことを明らかにしたことであり、統合失調症の新たな治療戦略の創出に繋がる可能性を有します。
<掲載ジャーナル>
論文タイトル:
Distorted neurocomputation by a small number of extra-large spines in psychiatric disorders.
著者:
Kisho Obi-Nagata, Norimitsu Suzuki, Ryuhei Miyake, Matthew L. MacDonald, Kenneth N. Fish, Katsuya Ozawa, Kenichiro Nagahama, Tsukasa Okimura, Shoji Tanaka, Masanobu Kano, Yugo Fukazawa, Robert A. Sweet, and Akiko Hayashi-Takagi
掲載誌等:
Science Advances 2023, 9(23):eade5973.
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.ade5973
<図の説明>
  1. 統合失調症モデルマウスでは、対照群に比べて巨大スパインの数が増加していた。巨大スパインの出現により、神経細胞の発火亢進、神経回路の不安定化、そして統合失調症様行動が引き起こされる。
  2. 統合失調症患者由来の死後脳においても、健常群に比べて巨大スパインの数が増加していた。
<研究者の声>
 統合失調症の発症メカニズムを明らかにしたいという気持ちを原動力に、一つの細胞に数%しか存在しない巨大スパインに出会うため、昼夜問わず実験を繰り返し、ついに論文としてまとめることが出来ました。本研究が統合失調症の病態理解に少しでも踏み込めたものになったのなら、これ程嬉しいことはありません。本研究の遂行にあたり、全力の指導を頂いた理研CBS・多階層精神疾患研究チームの林朗子先生、電気生理を基礎から教えて頂いた鈴木紀光先生、何度も実験をサポートしてもらった医学生の三宅隆平君、そして本研究にご協力頂いた共著者の先生方には、感謝してもしきれません。この場を借りてお礼を申し上げます。
<略歴>
2017年、群馬大学医学部医学科卒業。2019年より理化学研究所・脳神経科学研究センター・多階層精神疾患研究チーム・外部研修生。2022年、群馬大学大学院医学系研究科博士課程修了、博士(医学)。同年より現職、群馬大学大学院医学系研究科応用生理学分野・研究科助教。
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