[一般の方へ ] 神経科学トピックス

大人の脳で作られた神経細胞のシナプスの数を調節する仕組みを発見

名古屋市立大学大学院医学研究科 脳神経科学研究所 神経発達・再生医学分野
医学部6年
榑松 千紘
神経細胞はシナプスを介して、様々な情報を伝達しており、シナプスの数を適切に保つことは、神経回路が正しく機能するために重要です。本研究では、大人になってから新しく作られた神経細胞において、目印となる分子が露出したシナプス構造を周囲のグリア細胞が貪食することで、シナプスの数が調節されていることを明らかにしました。
 哺乳類の脳の一部では、生後も新しい神経細胞が作られ続けています。新しく作られた神経細胞は、他の神経細胞とシナプスを形成することで、様々な情報をやり取りしています。シナプスの数が多すぎても少なすぎても、正しく情報を伝えることができないため、シナプスの数を適切に調節することが重要です。これまでの研究で、成体脳で新しく作られた神経細胞が成熟するためには、周囲に存在するミクログリアという細胞が重要であることが分かっていましたが、シナプスの数を調節する仕組みはあまり分かっていませんでした。
  ミクログリアは、脳内に存在するグリア細胞のひとつで、死んだ細胞などを貪食することが知られています。そこで、ミクログリアが神経細胞のシナプス構造を貪食するかについて調べるため、マウスの成体脳でミクログリアとシナプスの様子を電子顕微鏡で詳しく観察しました。その結果、ミクログリアの中にシナプスの構成成分が取り込まれている様子が観察されました。このことから、ミクログリアが新しく作られた神経細胞のシナプス構造を貪食することで、シナプスの数を調節している可能性が出てきました。
 さらに、この貪食作用のメカニズムを明らかにするために、細胞膜に存在するホスファチジルセリン(PS)という分子に注目しました。PSは、細胞が死んだ時に、細胞表面に露出することで、ミクログリアによる貪食を促す役割をもつことが知られています。また、最近の研究では、発達期のシナプス構造にもPSが露出することが分かっています。そこで、成体脳のどのような場所でPSが露出しているのかを調べるために、PSの染色を行ったところ、成体脳のシナプス構造の表面にもPSが露出していることが分かりました。
 次に、細胞表面に露出したPSをマスクできる遺伝子改変マウス(D89Eマウス)を作製して、シナプス構造の貪食におけるPSの働きを調べました。このマウスでミクログリアと新しく作られた神経細胞のシナプス構造(スパイン)の様子を観察したところ、D89Eマウスでは、ミクログリアがスパインを貪食できず、余分なスパインが残ってしまうことが分かりました。さらに、D89Eマウスでは、新しく作られた神経細胞の電気生理学的な機能にも異常が出てしまうことが分かりました。
 こうした結果から、ミクログリアが表面に露出したPSを介してシナプス構造を貪食することで、成体脳で作られた新しい神経細胞のシナプスの数を調節していることが明らかになりました。ヒトでも新生児期には、成体脳の一部の領域で新しく神経細胞が作られることが分かっており、成体脳で新しく作られる神経細胞は、生後の脳発達に重要であると考えられます。生後の脳発達過程で症状が出現する自閉症では、シナプスの数に異常がみられることが報告されており、成体脳で新しく作られた神経細胞においても、シナプスの数の異常が自閉症の病態に関与している可能性が考えられます。今後、成体脳で新しく作られた神経細胞のシナプス構造の貪食と疾患との関連を調べることで、新たな病態理解や治療法の開発につなげられる可能性があります。
<掲載ジャーナル>
Synaptic pruning of murine adult-born neurons by microglia depends on phosphatidylserine. Kurematsu C, Sawada M, Ohmuraya M, Tanaka M, Kuboyama K, Ogino T, Matsumoto M, Oishi H, Inada H, Ishido Y, Sakakibara Y, Nguyen HB, Thai TQ, Kohsaka S, Ohno N, Yamada MK, Asai M, Sokabe M, Nabekura J, Asano K, Tanaka M, and Sawamoto K.
Journal of Experimental Medicine 219: e20202304, 2022.
https://doi.org/10.1084/jem.20202304.
<図の説明>
図:正常マウスとD89Eマウスでの、成体脳で新しく作られた神経細胞のシナプスの様子の比較
  1. 成体脳で新しく作られた神経細胞が成熟する過程で、ミクログリアがPSを露出した新しく作られた神経細胞のシナプス構造(スパイン)を貪食することを発見。PSを露出したスパインが貪食されることで、シナプスが正しく形成され、神経回路が適切に機能する。
  2. PSをマスクしたマウス(D89Eマウス)では、ミクログリアがPSを露出したスパインを貪食することができない。その結果、余分なスパインが残り、シナプス機能の成熟が阻害され、脳機能にも影響を与えると考えられる。
<研究者の声>
 私は、医学部入学後、早い段階で研究に興味を持ち、研究室に通っていました。論文を完成させるにあたり、想像以上に多くの実験を行う必要があり、学部の授業や勉強と並行しながら実験を進めるのは大変でした。しかし、この研究を通して、自分で新しいことを発見する楽しさを実感できたことが何よりの財産だと思っています。この経験をこれからの研究や勉強に生かしていきたいと思っております。熱心にご指導いただきました澤本和延先生、澤田雅人先生をはじめ、共同研究者の先生方、ご支援くださった皆様に深く感謝申し上げます。
<略歴>
2019年より名古屋市立大学大学院医学研究科 脳神経科学研究所 神経発達・再生医学分野でMD-PhDコースに所属し研究を開始。
2023年度現在、名古屋市立大学医学部6年。
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