[一般の方へ ] 神経科学トピックス

体の「痛い」を脳から治す
―痛みに関わる神経回路を標的とした疼痛の新たな治療戦略―

名古屋大学大学院医学系研究科分子細胞学
講師
竹田 育子
神経障害性疼痛は耐えがたい痛みが続く難治性疾患であり、その治療法は確立されていませんでした。本研究では脳内のグリア細胞を標的とした神経障害性疼痛の新たな治療戦略を提示しました。
 神経障害性疼痛(慢性疼痛)は末梢神経傷害などの急性疾患後に耐えがたい痛みが続く難治性疾患です。通常、触覚を司る神経回路と痛覚を司る神経回路は分かれていますが、神経障害性疼痛では、外傷、糖尿病、ヘルペスウイルスなど様々な原因により末梢神経が傷害を受けることで神経回路の編成が起こり、触覚を痛覚に変換する神経回路が形成されてしまっている状態と考えられています。従来の鎮痛薬では効果が乏しく、リハビリテーションなどを組み合わせた治療が行われているものの、その根治療法は未だ確立されていません。
  今回我々は脳細胞の一種であるグリア細胞(アストロサイト)に注目し、新たな治療法の開発に取り組みました。アストロサイトはシナプスの形成・除去に関連し神経回路を組み換えるために重要であると考えられています。本研究では、慢性の痛みを起こしたマウスにおいて痛みの入力を薬剤で一過性に抑えた状態で、一次体性感覚野のアストロサイトを経頭蓋直流電気刺激や化学遺伝学的手法1) により人為的に活性化させました。その結果、治療中のみならず治療後長期間に渡って疼痛改善効果 が持続することが確認されました。
 この作用機序を神経回路の観点から探ったところ、アストロサイトの活性化により一次体性感覚野の神経細胞 のつなぎ目であるシナプスが除去されていること、特に末梢神経傷害後1週間以内の痛みの形成時期にできたスパインが除去されやすいことが明らかになりました。末梢からの痛み入力を抑制せずにアストロサイトの活性化のみを行うと疼痛改善効果は認められず、さらにスパインの除去も起こりませんでした。この結果から、痛みの入力を抑制した状態でアストロサイトを活性化させると、痛み関連スパインが除去され、痛み関連回路の組み換えが起こっていることが示唆されました。組み換えられた一次体性感覚野の神経回路は過剰な痛みを起こさない回路になっていると考えられます。
 今回の研究で、痛みに関連した神経回路が人為的操作により新たな神経回路に組み換わり、痛みの治療になることがわかりました。今回用いた末梢からの痛み入力を抑制する薬剤と経頭蓋直流電気刺激は臨床医療では個別に治療として使用されています。本研究ではこれらを組み合わせることでより効率的に痛覚過敏を除去できる可能性を示しました。既存の治療法を組み合わせたこの方法は人に応用可能な治療開発につながる成果であると考えられます。
  1. 化学遺伝学的手法:人工的な受容体を細胞に発現させ、内在性の物質には反応せず人工的に合成された特定の物質のみに反応させる手法です。特定の物質投与で細胞の活動を操作することができます。
<掲載ジャーナル>
Controlled activation of cortical astrocytes modulates neuropathic pain-like behaviour.
Ikuko Takeda, Kohei Yoshihara, Dennis L Cheung, Tomoko Kobayashi, Masakazu Agetsuma, Makoto Tsuda, Kei Eto, Schuichi Koizumi, Hiroaki Wake, Andrew J Moorhouse, Junichi Nabekura Nature Communications 14;13(1):4100, 2022.
https://doi.org/10.1038/s41467-022-31773-8.
<図の説明>
図上段:
正常のマウスでは触覚を司る回路と痛覚を司る回路が分かれているが、末梢神経を障害することで神経回路の編成が起こり、痛み関連神経回路が形成される。
図下段:
痛み関連神経回路は触刺激により痛みを誘導するが、末梢からの痛みの入力を抑制した状態で一次体性感覚野のアストロサイトを活動させると、触刺激により痛みの誘導が起こらなくなる。この作用機序として痛み関連神経回路の形成時期に形成されたスパインを多く除去し、痛み関連神経回路から新たな回路への組換えが示唆される。
<研究者の声>
 本研究は生理学研究所に異動してから開始した研究で、これまでとは異なるテーマに四苦八苦する私でしたが、鍋倉淳一先生をはじめ生体恒常性発達研究部門のみなさんに支えられて、成果を報告することができました。深く御礼申し上げます。
<略歴>
2014年 広島大学大学院医歯薬総合研究科修了
2016年 生理学研究所生体恒常性発達研究部門 研究員
2020年より名古屋大学大学院医学系研究科分子細胞学
2022年より現職
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