ラットも音楽のビートに合わせて身体を動かすことを発見
東京大学情報理工学系研究科(当時)
修士課程大学院生(当時)
伊藤 圭基
人間がビートに同期して身体を動かしやすいテンポにおいては、ラットもビートに同期することを発見しました。さらにこのテンポは、神経細胞の発火特性によって規定される、最もビートに対して聴覚野が賦活されるテンポでした。本研究により、人間がビートに同期しやすいテンポは、聴覚野神経細胞の性質によって規定されている可能性が示されました。
人間は音楽のビートに同期して自然に身体を動かします。この「ビート同期運動」は、120~140BPM(Beat per Minute)のテンポで最も顕著になることが知られており、世の中の多くの音楽がこのテンポを用いています。しかし、なぜ人間のビート同期運動がこのテンポで最大になるのかはわかっていませんでした。
私たちの研究グループは、ビート同期運動の時間スケールを決定づけるメカニズムとして、二つの仮説(身体原因説と脳原因説)を立てました。身体原因説は人間の体の大きさと典型的な運動速度に由来する身体の特性がビート同期運動の時間スケールを決定づけているという説である一方、脳原因説は哺乳類に共通する脳の情報処理速度がビート同期運動の時間スケールを決定づけているという説です。これらの仮説を検証するため、人間に比べ体の大きさが極端に小さく動きが速いラットを用いて、ビート同期運動が最大になるテンポを調べることにしました。もし身体原因説が正しければ、ラットは人間より速いテンポの音楽に対してビート同期運動が最大になると予想され、脳原因説が正しければ、人間と同程度のテンポの音楽に対してビート同期運動が最大になると予想されます。しかし、先行研究においてラットがビート同期運動を示すということは知られていませんでした。そこで私たちは、目視ではラットのビート同期運動を観測できない可能性を考慮し、加速度センサーを用いてラットの頭部運動を詳細に計測しました。人間とラットそれぞれにMozartピアノソナタ(K.448)の一部を様々なテンポで聞かせた結果、両者とも原曲(132 BPM)においてはビート同期運動を示しましたが、速いテンポにおいてはビート同期運動を示しませんでした(図A)。この結果は脳原因説を強く支持します。
私たちはさらに、脳のどのような特性がビート同期運動の時間スケールを規定しているのかを調べるため、音楽再生中のラット聴覚野の神経活動を計測しました。その結果、音楽のビートに対する聴覚野の神経活動は、120~140BPMにおいて最大になりました(図B)。また、定常的な入力に対して時間とともに発火率が減少するという神経細胞の発火特性(短期順応性)を考慮した数理モデルを用いると、120BPM付近において聴覚野神経細胞の活動が最大になることを説明できました(図C)。
本研究により、人間が120~140BPMで最もビート同期運動しやすいのは、聴覚野神経細胞の短期順応性によって規定される、最もビートに対して聴覚野が賦活するテンポだからである可能性が示されました。
<掲載ジャーナル>
Spontaneous beat synchronization in rats: Neural dynamics and motor entrainment.
Ito Y, Shiramatsu I T, Ishida N, Oshima K, Magami K, Takahashi H.
Science Advances 8(45), 2021
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abo7019
<図の説明>
- Mozartピアノソナタ(K.448)を様々なテンポで聞かせた時のビート同期運動。ラットも人間と同様、原曲に対してはビート同期運動を示したが、4倍速ではビート同期運動を示さなかった。
- 様々なテンポで再生されるMozartピアノソナタ(K.448)のビート音に対するラット聴覚野の神経活動を計測した結果、120~140BPMにおいて最大になった。
- 神経細胞の発火特性(短期順応性)を考慮した数理モデルを用いたところ、ビートに対する聴覚野神経細胞の活動性が120 BPM付近で最大になることを説明できた。
<研究者の声>
本研究は、高橋宏知教授、白松(磯口)知世助教授に指導して頂きながら修士研究として行ったものです。自分自身初めて本格的に取り組む神経科学の実験であり、2年という時間の制約もある中で一つの研究をまとめ上げるのは容易ではありませんでした。しかし、先生方の手厚いサポートのおかげで、なんとかまとめ上げることができました。また論文の校閲時には、後輩やスタッフの方に実験をして頂き、大変お世話になりました。
研究内容に関しては、ラットの頭部運動を加速度センサーで計測するという高橋教授の突飛なアイデアにより、自身が思いもしなかった結果を得ることができました。本研究を通じて、他の誰もやらないようなことをやってみることの大切さを実感しました。
本研究を支えてくださった皆様、本当にありがとうございました。
<略歴>
2019年東京大学理学部物理学科卒業
2021年東京大学大学院情報理工学系研究科卒業
2021年東京大学大学院医学系研究科入学
2021年~ 理化学研究所大学院生リサーチ・アソシエイト(触知覚生理学研究チーム)
現在に至る