シナプス集積によって情報統合のダイナミックレンジを広げる仕組み
名古屋大学医学系研究科細胞生理学
助教
山田 玲
樹状突起の局所に多くのシナプスを集積させることは、入力の加算を強めて情報を増幅する作用を持つと従来は考えられてきました。今回、我々は、逆にシナプス集積が入力の加算を抑制することで、細胞における情報処理が頭打ちになることを防ぎ、動物が音の大小によらずその発生源を特定することを可能にする巧妙な仕組みを明らかにしました。
音源定位とは、音情報を手がかりにして音の発生源の位置を特定することであり、ヒトを含め多くの動物が持つ重要な能力ですが、音が大きくても小さくてもその音源位置を特定できる機構は明らかにされていませんでした。この音源定位の手がかりとなる両耳間時差(ITD)は、左右の耳からの入力が合流する脳幹の神経核で最初に検出され、鳥類では層状核(NL)がその役割を担います。NL細胞は左右の耳からのシナプス入力を別々の樹状突起で受け取り、それを細胞体で足し合わせることで、左右入力の時間差に応じて活動電位の発生頻度を変化させ、ITDの情報を検出します。面白いことにNL細胞においては、担当する音の周波数に応じてシナプス入力を受け取る樹状突起の長さが異なります。特に低い周波数の音に応答する細胞は特徴的な長い樹状突起を持つことが知られていますが、その機能的意義は分かっていませんでした。そこで本研究ではまず、レーザー顕微鏡を用いたグルタミン酸アンケージによる局所刺激によって、樹状突起におけるシナプス分布を解析しました。その結果、低音担当細胞の長い樹状突起においては、シナプスの場所が樹状突起の遠位部の細い分枝に集中していることを見出しました。このような構造を持つことで、樹状突起局所ではシナプス入力による大きな脱分極が起こります。この脱分極は、イオン駆動力の低下を引き起こすことでシナプスを介した更なる電荷流入を抑制することに加え、電位依存性カリウムチャネルを即座に活性化させることで電荷の流出を促進し、入力サイズ依存的に細胞体に届く電荷量を抑えることが分かりました。この非線形な減衰機構が、音源定位にどのように役立つかをさらにシミュレーションにより解析しました。音が強くなるとシナプス入力が増えますが、その場合でも、片側の耳からのシナプス入力の総和は適切なサイズに抑えられます。その結果、音が強い場合であっても左右入力のタイミングがずれている時には神経発火を起こりにくくすることで、幅広い強さの音に対して正確なITD検出を維持する仕組みとして働いていることが分かりました。一方で、樹状突起を伝わることによってシナプス入力の時間経過は緩やかになります。そのため、このような樹状突起を利用した調節は、神経活動の時間間隔が十分に広く、樹状突起が原因で生じるシナプス入力の時間的な歪みが問題にならない低周波数域(< 1kHz)でのITD検出においてうまく機能することも分かりました。つまり低周波数を担当するNL細胞では、シナプス分布を含めた樹状突起構造を入力周波数に対して最適化することで、音の強さに対するITD検出システムの頑健性を実現していると考えられました。
本研究は、聴覚情報処理における樹状突起とシナプスの構造連関の意義を明らかにしただけでなく、樹状突起の演算素子としての新たな可能性を示したものであり、他の脳領域における樹状突起を利用した情報処理の理解にもつながると考えられます。
<掲載ジャーナル>
Dendritic synapse geometry optimizes binaural computation in a sound localization circuit.
Yamada R, and Kuba H.
Science Advances 7(48): eabh0024, 2021.
https://doi.org/10.1126/sciadv.abh0024
<図の説明>
(A)低周波数音を担当するNL細胞の樹状突起においては、遠位の分枝に入力が集中している。(B)樹状突起局所に対して、1番から8番まで1.3ミリ秒間隔で連続アンケージ刺激を行った際の電位応答(赤色)は、個別に記録した応答を同じ間隔で単純に足し合わせた場合(黒色)に比べて、大きく減衰していた。(C)左右シナプス入力のタイミングはITDに応じて変化する。NL細胞は左右入力が同時に到達した時に発火頻度が最大になり、ずれた時には発火頻度を減少させることでITD情報を検出する。音圧が強くなりシナプス入力が増えた場合でも、非線形減衰があることで、タイミングがずれた時の発火を抑制しITD検出精度を維持することができる。
<研究者の声>
本研究は、長年の謎であった入力周波数に応じて樹状突起の長さが異なることの意義にアプローチするために、名古屋大学に赴任してすぐに始めたプロジェクトです。論文になるまでに長い時間を費やしましたが、神経細胞における情報処理の新たな仕組みを示すことができたと思います。長い間辛抱強くあらゆる面でサポートをしてくださった久場博司先生、解剖学的アプローチについて相談に乗っていただいた福井大学の深澤有吾先生、研究の世界に入ってから今に至るまで先駆者として道を照らし続けてくださる大森治紀先生に、この場を借りて心より感謝申し上げます。
<略歴>
2005年、京都大学医学研究科博士課程(大森治紀教授)修了、医学博士取得。2006年より京都大学医学研究科神経生物学講座・助手。2007年より同大学・助教。2011年より現職。