[一般の方へ ] 神経科学トピックス

オスマウスのフェロモンがオス同士の争いを引き起こす神経メカニズム

東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻
大学院生(研究当時)
板倉 拓海
マウスにおいて、オスの攻撃行動の制御に重要な単一のフェロモン受容体を同定しました。そして、中枢におけるフェロモン情報処理を解析することで、オスの攻撃行動が生じる神経メカニズムを明らかにしました。
 オスは他のオスと出会うと争いを始めます。このような攻撃行動は動物界で普遍的に観察され、生存に不可欠な行動です。多くの動物でオス特異的フェロモンがオス間の攻撃行動の制御に重要であることが知られています。しかし、フェロモンが攻撃行動を引き起こす神経メカニズムは不明な点が多いです。マウスなどの哺乳類において、鋤鼻器という感覚器に発現するフェロモン受容体群がフェロモンを検知しますが、オスの攻撃行動の制御に関与するフェロモン受容体は明らかにされていませんでした。オスの攻撃行動の制御に重要なフェロモン受容体を同定することは、フェロモンが攻撃行動を制御する神経メカニズムを理解する鍵になると言えます。
 そこで、オスマウスの攻撃行動を誘発する効果があるオス尿をマウスに嗅がせ、活性化したフェロモン受容体を網羅的に探索しました。すると、100種類以上あるフェロモン受容体のうちVmn2r53という種類の受容体が活性化していました。興味深いことに、Vmn2r53は検証した全ての系統のオスマウスの尿に応答したことから、Vmn2r53はマウスにおいてオス普遍的なフェロモンを受容していると考えられます。次に、Vmn2r53欠損マウスを作成し、オス個体の攻撃行動を観察したところ、他オス個体への攻撃行動が弱まっていました。反対に、オス尿を精製してVmn2r53のみを活性化するフェロモン画分を用意し、これをオス個体に嗅がせると攻撃行動が強まりました。なお、Vmn2r53はメスの鋤鼻器でも発現しており、Vmn2r53を介した感覚入力はメスにおいては異なる生理効果を引き起こすと予想されます。以上の行動実験の結果から、Vmn2r53を介した感覚入力は攻撃行動に重要であることが明らかになりました。
 そして、神経接続を可視化する手法、生きたマウスの神経活動を記録するファイバーフォトメトリー法、および神経活動を抑制する薬理遺伝学的手法を組み合わせることで、Vmn2r53を介した感覚入力が攻撃行動を促進する神経メカニズムの解明を試みました。その結果、Vmn2r53を介した感覚入力は扁桃体を介して、視床下部にある腹側乳頭体前核(PMv)という領域を活性化し、その下流で攻撃中枢とされている腹内側核腹外側領域(VMHvl)を活性化して攻撃行動を促進することを見出しました。興味深いことに、攻撃行動を経験して攻撃性の高まったオスマウスにおいて、当該フェロモンに対するVMHvlの応答が観察されました。
 今回の研究で、「オス特異的なフェロモンが攻撃行動を引き起こす」という神経回路メカニズムの一端を明らかにしました。本研究で同定したVmn2r53を起点として、より精緻な神経活動記録手法を用いることで、「オスの認識」や「闘争心」が生じる神経メカニズムを解明できると期待できます。
<掲載ジャーナル>
A single vomeronasal receptor promotes intermale aggression through dedicated hypothalamic neurons.
Takumi Itakura*, Ken Murata*, Kazunari Miyamichi, Kentaro K. Ishii, Yoshihiro Yoshihara, and Kazushige Touhara¶ (* equally contribution; ¶ corresponding author)
Neuron, 2022年8月3日号
<図の説明>
オスマウスの尿に応答するフェロモン受容体として、Vmn2r53を同定しました。オスマウスにおいて、Vmn2r53を介した感覚入力は視床下部のPMvを活性化し、さらに下流のVMHvlを攻撃経験に依存して活性化することで攻撃行動を促進します。
<研究者の声>
 学部生の時にたまたま手に取った論文からフェロモンが行動を制御する仕組みに興味が芽生え、その論文を発表した東原先生の研究室の門戸を叩きました。そしてこの度、大学院の5年間をつぎ込んだ研究を発表でき、大変嬉しく、また感慨深く思います。また、光栄なことに、今回の論文はNeuron誌においてFeatured articleとして紹介されました。研究が進めば進むほど検証したいアイデアが湧いてきて、ワクワクに駆られながら(文字通り)土日昼夜問わず研究に没頭できました。あらゆる面でサポートしてくださった共著者の方々、そして議論を重ねながら自由に研究を進めさせてくださった東原先生に感謝いたします。
<略歴>
2022年3月 東京大学農学生命科学研究科(東原和成教授)博士課程修了。4月から、日本学術振興会特別研究員PDとして、同研究室研究員、および東京大学定量生命科学研究所行動神経科学分野(奥山輝大准教授)連携研究員。
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