[一般の方へ ] 神経科学トピックス

父親の子育てを支える神経回路の変化

理化学研究所生命機能科学研究センター
基礎科学特別研究員
稲田 健吾
われわれは神経ホルモン物質オキシトシンが雄マウスの養育行動の発現に必須であること、そして父親マウスの脳では、交尾からパートナーの出産までの間に、オキシトシン神経細胞が興奮しやすくなるような神経回路変化が生じていることを見出しました。
哺乳類の仔は親に子育てしてもらわなければ生き残れません。そのため哺乳類の親は積極的に子育てをします。養育行動(子育て行動)は親になった雌雄に特徴的な行動で、交尾未経験の雌や雄は一般的に仔に対して攻撃的です。そのため交尾から出産までの間に、仔への攻撃性を和らげつつ、親和性を上げるような脳神経回路の変化が起きていると考えられていますが、詳しいことは分かっていません。特に妊娠や出産といった生理的な変化を経験する雌と比べて、雄が父親になる過程で脳にどのような変化が生じるのかは十分に理解されていません。
 脳の視床下部と呼ばれる領域には、養育行動発現に重要な神経核が多数存在しています。このうち室傍核という神経核にあるオキシトシン神経細胞は、マウスを含むげっ歯類の雌において出産や射乳、そして養育行動を促進させる働きを持ちます。そこでわれわれは、オキシトシンが雄マウスの養育行動に関与し、また父親になる過程でオキシトシン神経細胞の興奮性を上げるような神経回路の変化が起きているのではないかと考えました。
 オキシトシン神経細胞は細胞内でオキシトシンを合成し、細胞の外へと放出します。まず雄マウスの養育行動発現におけるオキシトシンの関与を示すため、父親マウスの脳内でオキシトシンが十分に分泌されない状況を作り出しました。すると正常な父親マウスは、巣の外にいる仔を巣へ連れ戻し、グルーミングしたり、覆いかぶさって保温したりといった養育行動を示したのに対し、オキシトシン分泌が十分でない父親マウスは、養育行動を示す割合が低下し仔を無視しました。次に、交尾未経験の雄マウスの脳内で人為的にオキシトシン分泌を促進させつつ、仔を提示しました。すると、これらの雄マウスは攻撃ではなく養育行動を示しました。これらの結果は、オキシトシンの分泌が雄マウスの養育行動を引き起こすために重要であることを示しています。
 われわれはウイルス工学や電気生理学、それに光遺伝学といった最先端の手法を導入して、オキシトシン神経細胞へ入力を送る神経細胞がある場所やその細胞数、そして神経伝達強度について、父親マウスと交尾未経験の雄マウスで比較解析しました。その結果、父親マウスのオキシトシン神経細胞は、交尾未経験の雄マウスよりも多くの神経入力を受けており、特に一部の神経核からの興奮性入力が増強していることが分かりました。これらの結果は、父親マウスの脳内では、オキシトシン神経細胞が活性化しやすくなるような構造的な変化が起きていることを示しています。
 今後さらに研究を進め、神経回路変化を引き起こす要因の解明や、進化的保存性の検討などを通して、ヒトを含む哺乳類の養育行動を支える神経基盤を明らかにしたいと思っています。
Plasticity of neural connections underlying oxytocin-mediated parental behaviors of male mice
Inada K, Hagihara M, Tsujimoto K, Abe T, Konno A, Hirai H, Kiyonari H, Miyamichi K.
Neuron 110: 2009-2023.E5, 2022
https://doi.org/10.1016/j.neuron.2022.03.033
<図の説明>
(A)オキシトシン分泌が抑制された父親マウスは、養育行動を示さず仔を無視する。(B)交尾未経験の雄マウスのオキシトシン神経細胞を活性化させ、オキシトシンの放出量を上げると、仔に対する攻撃行動が抑制され代わりに養育行動が発現する。(C)交尾から出産までの間に、一部の神経核からオキシトシン神経細胞への神経入力が増強されることで養育行動が発現する。
<研究者の声>
本論文では父親マウスの養育行動を研究しました。このテーマに取り組んでいる間に、第1子が生まれ私自身も父親になりました。物をつかんではこの手触りはなんだろう、離乳食を口に入れてはこの味はなんだろうと、日々新たな発見に目を輝かせている我が子を見ていると、「私自身は海岸で遊んでいる少年のようだ。(中略)大いなる真実の海は全て未発見のまま、私の前に広がっている」というニュートンの言葉を思い出します。つい忘れそうになる、研究者として基本的な心構えを教わっている気がします。育児に時間を割くため研究に費やせる時間は減りましたが、代わりに小ニュートンの成長過程をじっくり観察して楽しんでいます。
<略歴>
茨城県出身。NEC中央研究所で研究員としてクラウドコンピューティングの研究に従事した後、2012年理化学研究所入所。2017年ショウジョウバエ成虫の嗅覚情報処理に関する研究で東京大学大学院総合文化研究科より博士(学術)授与(指導教員:岡ノ谷一夫東大教授/理化学研究所脳神経科学研究センター風間北斗チームリーダー)。2018年から現在の研究室に所属。
PAGE TOP