[一般の方へ ] 神経科学トピックス

リズムに合わせて動くための小脳による予測的な運動制御メカニズム

北海道大学 医学研究院 神経生理学教室
助教
岡田 研一
音楽に合わせたダンスや手拍子など、リズムに合わせた同期運動には小脳が関与すると考えられていますが、その神経機構は不明でした。本研究では、刺激のタイミングを予測したり運動のタイミングのずれに反応したりする細胞がサルの小脳にあることを発見し、小脳が同期運動を可能にするメカニズムを解明しました。
 私たちは音楽を聴きながら、リズムに合わせて踊ったり手拍子をしたりすることができます。リズムに同期して音と同時に運動するためには、音を聞いてから体を動かすのでは間に合わず、リズムを予測して運動する必要があります。こうした同期運動の背景には、リズムを予測し、予測に基づいて運動し、さらに予測を更新するといった、様々な情報処理が必要になります。これには脳の広範な部位が関係すると考えられますが、特に小脳に損傷のある人では、正確にリズムに乗ることができなくなることが報告されています。小脳は運動に関与する事がよく知られており、これまでの研究により、小脳には行うべき運動に必要な運動指令を予測したり、運動の結果を予測したりする内部モデルが存在し、これによって運動の制御や誤差(エラー)の検出を行っているとされています。また近年の研究により、小脳は外界の感覚刺激を予測する内部モデルを学習によって生成することも示唆されています。しかし、リズムに合わせた運動に寄与する小脳の神経活動が具体的にどういったものか、よく分かっていません。
 最近、私たちの研究グループは、周期的に現れる視覚刺激に同期して眼を動かすようにサルを訓練することに成功しました(Takeya et al., Sci Rep, 2017, www.nature.com/articles/s41598-017-06417-3)。モニターの左右に一定の時間間隔で交互に標的を呈示すると、サルは標的が呈示されてからそれに反応して眼を動かします。しかし、標的の呈示と同時に同期して眼を動かすと報酬が得られるように訓練すると、サルはリズムに同期して眼を動かせるようになります。この課題を用いて小脳の予測制御のメカニズムを調べました。
 小脳の情報出力部である歯状核から単一ニューロン活動を記録したところ、①眼球運動そのものよりも周期的に現れる標的のタイミングに一致して活動し、標的の内部モデルを表象しているもの、②運動のタイミングとよく相関して活動し、運動の制御に直接かかわっているもの、③標的と運動の時間ずれ(エラー)とよく相関した活動を示し、同期運動の時間誤差を検出することに関与するもの、の3種類があることがわかりました。これらのニューロンが実際に同期運動のタイミングを制御しているのかを確かめるために、記録部位に電気刺激による外乱を与えたところ、刺激により次の運動タイミングが早くなったり遅くなったりすることが観察されました。さらにこの外乱による運動応答変化は、上記3種類のニューロン群の活動によって運動タイミングが制御されるという数理モデルによって説明することができました。小脳核ニューロンの多くは視床を介して大脳皮質に広く信号を送っていることから、同期運動を行う際の運動制御信号とともに、標的の内部モデルや、運動の誤差信号を大脳の異なる領野に送ることで、同期運動のタイミング調節を行なっていると考えられます。
 ヒトが自然と音楽に合わせて踊る背景には、こうした小脳での様々な情報処理が関与していると考えられます。また、本研究成果は小脳疾患でみられる病態を理解して機能評価する方法の開発に役立つだけでなく、ニューロモジュレーションを用いた介入法の開発や、様々な情報処理に用いることができる脳型回路による予測アルゴリズムの開発などに貢献することが期待されます。
Neural signals regulating motor synchronization in the primate deep cerebellar nuclei/ Ken-ichi Okada, Ryuji Takeya, and Masaki Tanaka/ 2022/ Nature Communications/ https://doi.org/10.1038/s41467-022-30246-2
<図の説明>
(A) リズム同期課題とパフォーマンス。モニターの左右に四角い目印を表示し、その中に標的を一定間隔で交互に呈示します。標的に合わせて(同期して)眼球運動を行った場合に報酬を与えて訓練すると、サルは同期運動ができるようになります。コントロール条件として、標的の呈示間隔が毎回バラバラで、刺激呈示後に眼を動かすと報酬が得られる反応課題を用いました。サルは最初の標的の色によって、同期課題か反応課題かを判断して運動するよう訓練されています。 (B) 小脳核のニューロン活動。反応パターンから、記録されたニューロン群を3種類に分類しました。①のタイプは、左右どちらに運動するかに関係なく運動の前に活動し、さらに反応課題に比べて同期課題で大きな活動変化を示したため、同期運動に必要な情報を処理していると考えられました。②のタイプは、特定方向への運動の前に活動し、③のタイプは運動の後に活動しました。これらのニューロン群は、①標的の内部モデル、②運動の制御、③同期運動の時間誤差、を符号化していると考えられました。(C) 同期運動を行うためには、リズムを予測し、予測に基づいて運動し、さらに予測を更新するといった、様々な情報処理が必要になります。こうした情報処理は脳の広範な領域が協調して行なっていると考えられますが、小脳ではこれらの情報が異なるニューロン群によってコードされ、これらの情報が大脳の異なる領野に送られることでリズムに同期した運動を実現していると考えられます。
<研究者の声>
 2020年に大阪大学から北海道大学に異動してきてから、進行中の研究に参画させていただきました。洗練された行動課題での膨大なデータを、磨き上げて世に出す事ができて嬉しく思います。実際に動物を訓練し美しいデータを記録された竹谷隆司先生、研究を統括された田中真樹先生に、この場を借りてお礼を申し上げます。
<略歴>
2003年、横浜市立大学卒業。2003年から大阪大学大学院生命機能研究科で小林康准教授に師事し、マカク猿を用いた神経生理学研究に従事。2009年博士課程修了。生命機能研究科特任研究員、生命機能研究科(大澤研究室)助教を経て、2020年10月より現職。
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