[一般の方へ ] 神経科学トピックス

温度を感じる分子がストレス応答に関わるしくみ

東京大学大学院薬学系研究科薬品作用学教室
博士研究員
星 雄高
神経幹細胞に発現する温度受容体TRPV4が、社会性ストレスによる成体神経新生の減少に関与することを発見しました。本研究は、社会性ストレスによる体温上昇と成体神経新生の減少という一見無関係なプロセスを結びつける新たなメカニズムを提唱しました。
私たちがストレスを受けると、心因性発熱と呼ばれる持続的な発熱が生じます。発熱による深部体温の上昇は脳内の温度上昇も引き起こすことが報告されており、この温度変化が、うつ状態などのストレスによる行動変化につながる可能性があります。しかし、温度変化がどのようなメカニズムで脳に影響を及ぼすのか、またどの細胞や分子が関与しているのかについてはこれまで明らかとされていませんでした。
 ストレス応答には脳の海馬歯状回という領域が関わっています。海馬歯状回におけるTRPV4の発現を免疫組織化学染色により調べると、神経幹細胞と呼ばれる細胞にTRPV4が多く発現していることがわかりました。通常、大人の脳内のほとんどの領域では神経細胞が新たに生まれることはありません。海馬歯状回は大人になっても神経細胞が生み出され続ける領域の一つであり、そこに存在する神経幹細胞は、細胞を新たに生み出す「成体神経新生」を介してストレス応答を制御していることが知られています。
 ストレスを受けると、成体神経新生によって生み出される新生細胞は減少します。一方で、神経幹細胞でTRPV4を発現できなくしたマウスではストレスによる新生細胞の減少が抑制されていました。つまり、ストレスによる成体神経新生の減少が神経幹細胞の TRPV4 の活性化を介することが示唆されました。
 この減少が生じる仕組みとして、私たちは脳内免疫細胞であるマイクログリアに着目しました。これまでにも、マイクログリアが成体神経新生に関わることが報告されています。脳内でマイクログリアと神経幹細胞を同時に観察すると、ストレスを受けたマウスの脳では、マイクログリアによる神経幹細胞の貪食が促進していることがわかりました。さらに、ストレスによって神経幹細胞上のホスファチジルセリン(細胞が貪食される目印として働く分子)が増加し、この増加には神経幹細胞のTRPV4が必要であることがわかりました。
 今回の結果から、ストレスによる温度受容体TRPV4の活性化が、ホスファチジルセリンの認識を介したマイクログリアによる神経幹細胞の貪食を促進し、成体神経新生の減少を引き起こすことがわかりました。
 ストレスは、現在社会で生きている我々にとって避けて通ることはできません。本研究成果から、ストレスによる脳への影響に温度受容体TRPV4が関与することが新たに明らかとなりました。この発見は、ストレス応答のメカニズムやその意義・適切な対処法の解明につながることが期待されます。
Thermosensitive receptors in neural stem cells link stress-induced hyperthermia to impaired neurogenesis via microglial engulfment
Yutaka Hoshi, Koji Shibasaki, Philippe Gailly, Yuji Ikegaya, and Ryuta Koyama. Science Advances, 2021, Volume 7, Issue 48, eabj8080.
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abj8080
<図の説明>
  1. 海馬歯状回のマイクログリア (緑) と神経幹細胞 (赤) の免疫染色画像。マイクログリアが細胞を貪食する際に活性化する細胞小器官であるリソソーム (青) 内に、神経幹細胞が存在している (矢じり)。スケールバー:10 μm.
  2. 蛍光標識した神経幹細胞 (赤)、マイクログリア (緑)、ホスファチジルセリン (青) を同時に観察した蛍光画像。スケールバー:10 μm.
  3. (B) の白枠内拡大図。マイクログリアによって貪食されている部分に、ホスファチジルセリン が存在していることがわかる (白矢じり)。ケールバー:5 μm.
  4. 健康な状態では、神経幹細胞による成体神経新生が正常に生じている。ストレスにより発熱が生じTRPV4が活性化すると、神経幹細胞の表面にホスファチジルセリンが露出する。マイクログリアはホスファチジルセリンを認識し、神経幹細胞を貪食することで神経新生を障害する。
<研究者の声>
この研究は博士課程に進学した頃からスタートし、気づけばpublishまで4年近くかかる大作になりました。思うように成果が出ず苦しんだ時期もありました(むしろ大部分がそうかもしれません)が、無事に論文として形にすることができ大変嬉しく思います。この場をお借りして、最後までご指導頂いた小山隆太先生、池谷裕二先生をはじめとして、共同研究者の先生方、ご支援くださった皆様に感謝申し上げます。
<略歴>
2020年東京大学大学院薬学系研究科薬品作用学教室で博士(薬学)取得。
その後、同研究室にて博士研究員。
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