光で記憶を消去する―記憶に睡眠が必要な理由を解明―
京都大学大学院医学研究科システム神経薬理
助教
後藤 明弘
本研究では光でシナプス可塑性を消去する技術を開発し、記憶が定着するのに必要なシナプス可塑性が起きる時間と場所を調べました。その結果、海馬では学習直後と当日の睡眠時に、皮質では翌日の睡眠中に記憶が作られていることが分かりました。
新しい記憶と古い記憶は脳の別々の場所で保存されています。数日前までに起きた記憶は海馬で保存されますが、それより前の古い記憶は前帯状皮質に移り、長い場合には数十年保存されます。この現象は「記憶の固定化」と呼ばれていますが、それを担う神経活動の詳細な時空間情報は不明でした。神経細胞で記憶が形成されるとき、シナプスの可塑性として細胞間の情報伝達効率が長期に亘り上昇します(シナプス長期増強、LTP)。つまり、LTPが誘導される細胞と時間を調べることで、記憶の固定化の過程で記憶がいつ、どの細胞に保持されているか分かります。しかしこれまでにそれを調べる技術がありませんでした。そこで光照射によって特定の時間枠で特定の分子を不活化するCALIという手法を用いて、光によってLTPに重要なcofilinという分子を不活化しLTPを消去する技術を開発しました。この技術は20分以内に誘導されたLTPのみを光で消去できるため、光によってLTPが誘導された時間を解析することができます。
今日、記憶の固定化に睡眠が重要であることを示唆する研究が数多く報告されています。そこで、私たちは特に睡眠中におけるLTP誘導過程を解析しました。その結果、海馬ではLTPが、学習の直後と当日の睡眠中に段階的に起きていることを発見しました。さらにカルシウムイメージングによって細胞集団の活性を観察したところ、学習直後のLTPにより細胞は学習した事柄に対して発火しやすくなり、さらにその後の睡眠中のLTPによって細胞同士が同期して発火するようになることを見出しました。これまでにも、記憶を担う細胞群(セルアセンブリ)は同期あるいは相関した発火を示すことが知られていましたので、この発見により、記憶を担う細胞群が形成される過程をより詳細に見ることができました。
さらに記憶が海馬から前帯状皮質に移る時間枠を知るために、前帯状皮質でのLTP時間枠を調べたところ、学習の翌日の睡眠中に前帯状皮質でLTPが誘導されていることが分かりました。つまり、長期的に保存されるための記憶は学習の翌日には既に皮質に移行し始めていることが分かりました。以上の研究により、学習で獲得した新たな記憶を長期間保持する脳機能の新たな細胞モデルを提唱し、記憶研究の前進に貢献しました。
<掲載ジャーナル>
Stepwise synaptic plasticity events drive the early phase of memory consolidation Akihiro Goto, Ayaka Bota, Ken Miya, Jingbo Wang, Suzune Tsukamoto, Xinzhi Jiang, Daichi Hirai, Masanori Murayama, Tomoki Matsuda, Thomas J. McHugh, Takeharu Nagai, and Yasunori Hayashi, 2021, Science 374, 857–863
<図の説明>
(上)光によるLTP解除法。LTPの誘導によりスパインが拡大。Cofilin融合SuperNovaを発現したスパインに光を照射するとスパインが縮小しLTPが消去されます。(下)記憶の固定化においてLTPが生じる時間枠。海馬では学習直後とその後の睡眠中にLTPが誘導されることで短期記憶が形成されます。その後、前帯状皮質では学習翌日にLTPが誘導されることで記憶が長期的に保存されます。
<Voice of Researchers>
この研究はLTPを特定の時間枠でのみ特異的に消去するツール作りから始まったのですが、それまでの2光子イメージングの経験をいかして1,2年で確立することができました。しかしその後、このツールを使うからこそ見出せるようなインパクトのある発見をしたいと色々と試行錯誤し、長い期間もがきました。共著者の方々の協力のおかげでオプトジェネティクス、カルシウムイメージング、電気生理などの技術を導入することに成功し、最終的にScience誌に(追加実験なしの3か月のリバイスを経て)受理されるような発見をすることができました。この場を借りて、本研究を支えていただいた皆様に感謝申し上げます。
<Academic Career Summary>
Please write your academic career.
2013年京都大学大学院生命科学研究科(松田道行研究室)でFRETの研究により博士(生命科学)取得。その後、日本学術振興会PDとして林康紀研究室でシナプス可塑性の研究を始める。また大阪バイオサイエンス研究所との共同研究で内視顕微鏡によるFRETイメージングの研究も同時に行う。理化学研究所基礎特別研究員を経て2016年より京都大学特定助教。2021年より現職、助教。