女性ホルモンが「かゆみ」の感受性を変えるしくみ
国立遺伝学研究所マウス開発研究室
助教
高浪景子
女性のライフサイクルにおいて、女性ホルモンが変動する時期に、「かゆみ」が生じることが知られています。本研究は、女性ホルモンのエストロゲンが知覚神経系において、脊髄のガストリン放出ペプチド受容体を介して、かゆみの感じ方を変えることを明らかにしました。
女性では、妊娠中や更年期などの女性ホルモンが変動する時期に、「かゆみ」の感じやすさが変わったり、不快なかゆみを経験したりすることが知られています。特に妊娠期間では、約20%の女性にかゆみの症状があることや、妊娠性皮膚掻痒症では強いかゆみが不眠やストレスの原因になることが報告されています。しかしながら、女性において、かゆみの感じやすさが変わる原因は不明でした。
本研究グループは、女性ホルモンが変動する時期にかゆみが生じることに着目し、女性ホルモンがかゆみの感受性を変化させるのではないかと考えました。そこで、主要な女性ホルモンである「エストロゲン」と「プロゲステロン」のかゆみに対する影響を実験動物のラットを用いて調べました。ヒスタミンによりかゆみを誘発させると、かゆみ感覚の指標になる「引っ掻き行動」がエストロゲンの存在下では増加したのに対し、プロゲステロンの存在下では増加しないことがわかりました。次に、エストロゲンが「かゆみ情報」をどのような神経伝達機構を介して伝えるのか調べるために、かゆみの情報を皮膚から脳に伝える中継地の脊髄に着目しました。近年、脊髄に存在するガストリン放出ペプチド(GRP)受容体が痛みとは別に、かゆみを独自に脳に伝えることが報告されたため、エストロゲンによるGRP受容体発現神経への影響を調べました。その結果、かゆみ刺激を受けると、エストロゲンの存在下ではGRP受容体発現神経の活動が上昇することが神経活性化マーカーを用いた組織学解析から分かりました。またGRP受容体の働きを抑えるとエストロゲンにより上昇した引っ掻き行動が抑えられたため、エストロゲンにより増加したかゆみは脊髄のGRP受容体発現神経を介して伝達されていることが分かりました。また、エストロゲン存在下では、かゆみ刺激によって脊髄のGRP受容体発現神経の活動が上昇することが生体内電気生理学解析によって観察されました。さらに、エストロゲンがエストロゲン受容体を介して、GRP受容体の発現量や活性を変える可能性も示唆されました。
以上の結果から、女性ホルモンのエストロゲンが脊髄のGRP受容体発現神経を介して、かゆみの感じ方を変えることが明らかになりました。本研究成果は女性のかゆみ疾患の原因解明と治療法の開発に寄与することが期待されます。
論文タイトル:
Estrogens influence female itch sensitivity via the spinal gastrin-releasing peptide receptor neurons
著者:
Keiko Takanami*, Daisuke Uta, Ken-Ichi Matsuda, Mitsuhiro Kawata, Earl Carstens, Tatsuya Sakamoto, and Hirotaka Sakamoto. (*責任著者)
掲載誌:
2021, Proceedings of the National Academy of Science, 118 (31) e2103536118
<図の説明>
エストロゲン存在下では、ヒスタミン刺激によって、脊髄のGRP受容体(GRPR)発現神経の長期的な神経活動亢進を導き、かゆみの感受性を高める。
<研究者の声>
痛みやかゆみなどの知覚は、身体の警告信号であるけれども、女性のライフサイクルなどの環境要因やストレスなどの心理的要因によって、感受性が大きく変化することに興味を持ち、研究を始めました。脳、身体、行動の性差とその性差に関わる神経伝達機構について、坂本浩隆先生、河田光博先生らのもとで学び、ご指導いただき、本研究を遂行することができ、感謝しております。また、共同研究者の皆様、研究生活を支えて下さった皆様に感謝申し上げます。そして、日本神経科学学会で出会った歌大介先生との本共同研究により、神経活動レベルから行動レベルでの解析が実現したことに心より感謝しております。
<略歴>
2010年3月 京都府立医科大学大学院医学研究科博士課程修了、2010年4月から京都府立医科大学解剖学生体構造科学 博士研究員、2015年4月から日本学術振興会特別研究員RPD (岡山大学理学部附属牛窓臨海実験所)、2018年3月から現在 国立遺伝学研究所マウス開発研究室 助教(この間、2018年7月から2019年3月 カリフォルニア大学デイビス校 客員研究員)