[一般の方へ ] 神経科学トピックス

相互に抑制する扁桃体抑制性神経核による恐怖状態の協調制御

Friedrich Miescher Institute for Biomedical Research
PhD student
萩原賢太 (Kenta M. HAGIHARA)

危険な状況に適切に反応することは重要ですが、度を越した恐怖反応は我々の適切な日常生活に支障をもたらします。扁桃体、内側前頭前野、および脳幹といった脳部位が恐怖状態の制御に関わることはわかっていましたが、今回の研究ではそれらの脳部位の活動を協調させる神経機構を明らかにしました。

 経験を通して危険な状況に対応できるようになることは、我々人間を含む動物の生存に不可欠です。一方、正常な脳には、過去に危険であった事柄に対しても、状況に応じて防御反応をとるかどうかを適切に切り替える機能も備わっていると考えられおり、この切り替えが上手くいかないことが、危険な状況ではないのに過剰な防御反応 (例えばすくみ、発汗、動機など)を起こしてしまう、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、パニック障害、不安障害といった疾患のメカニズムであると考えられています。
 本研究では、恐怖・情動記憶に強く関与することが知られている脳部位である扁桃体の中でも、あまり機能の知られていなかった抑制性の神経核であるインターカレーテッド細胞核(ITC)に着目しました。
 恐怖状態の適切な制御の行動実験モデルとして、マウスを用いた恐怖条件づけおよびその記憶消去を選択しました。マウスは無害な音と不快な電気ショックの連合を学習することで、音に対して恐怖反応であるすくみ行動を示すようになりますが、音だけの提示をしばらく続けると、「音はもう電気ショックを予測しない」ということを新たに学習し、すくみ行動を示さなくなります。すなわち、恐怖記憶を打ち消す記憶が新たに獲得されます。
 まず、この行動実験中のマウスから、カルシウムイメージング法によって神経活動記録を行いました。ITCのうち、背側に存在する核(ITCdm)は電気ショックおよび電気ショックと連合された恐怖を惹起する音刺激に反応を示す一方、腹側核(ITCvm)は連合が消去され恐怖を惹起しなくなった音刺激に反応を示しました。次に、薬理遺伝学的手法によりITCdmおよびITCvmの活動を人為的に変化させたところ、神経活動の記録実験によって示唆された通り、ITCdmの活動は恐怖を促進させ、ITCvmの活動は恐怖を抑えることがわかりました。最後に、ITCのシナプス結合様式を調べたところ、ITCdmおよびITCvmは相互に抑制しあう関係にあることがわかりました。この相互抑制機構により、相反する2つの状態を効率的に切り替えることができることが知られています。また、ITCdmとITCvmは、脳幹および内側前頭前野に投射する異なった扁桃体細胞集団に選択的に結合することがわかり、多数の脳部位による協調的な行動制御を担うことが示唆されました。
ITCは人間の扁桃体にも存在することが明らかにされており、特異的な分子マーカーを有していることから、将来的にPTSD等の疾患に苦しむ方への介入治療の標的対象になることが期待されます。

Intercalated amygdala clusters orchestrate a switch in fear state
Kenta M. Hagihara
, Olena Bukalo, Martin Zeller, Ayla Aksoy-Aksel, Nikolaos Karalis, Aaron Limoges, Tanner Rigg, Tiffany Campbell, Adriana Mendez, Chase Weinholtz, Mathias Mahn, Larry S. Zweifel, Richard D. Palmiter, Ingrid Ehrlich, Andreas Lüthi, Andrew Holmes 2021, Nature
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03593-1

<図の説明>

 扁桃体のインターカレーテッド細胞核(ITC)は扁桃体外側核を取り囲むように存在しているが、そのうち、内側核との境に位置する恐怖を促進する背側核(ITCdm)と恐怖を抑える腹側核(ITCvm)は相互に抑制する回路モチーフを構成する。また、それらは恐怖行動の表出および調整に重要と考えられている脳幹、および内側前頭前野への扁桃体からの出力を選択的に調整しており、多数の脳部位における神経活動を矛盾がないように協調的に働かせることで恐怖状態の切り替えを可能にしていると考えられる。

<研究者の声>

 別のプロジェクトをやっている際に、たまたまコアデータであるITCdmからのカルシウムイメージング記録が取れてしまったという、ピュアセレンディピティに導かれた研究でした。その記録が本当にITCdmからのものである事を確かめることができる組織透明化+染色技術もたまたま立ち上がっているタイミングだったという幸運にも助けられました。「小さすぎてこの核から生理記録を狙って取るのは難しいよねー」というラボ内および同分野の研究者間でのコンセンサスが10年以上前から存在していたので、これは是非論文にして報告しなくてはと思い、残りの実験を1年程度で詰めました。進捗を加速するために研究所外のコラボ先(米国NIH)を探してきて出版までのやり取りをオーガナイズするといった経験も持つことができ、国際的な共同研究を主体的に進めていけるという自信にも繋がりました。
 「このネタやるのはかまわんけどメインプロジェクトの進捗大丈夫?」というもっともな懸念をたまに投げてくるくらいで基本的には自由にやらせてくれた指導教官のAndreas、多い時では1日100通近くメールを(大西洋越しに)投げ合って論文を一緒に書き上げたAndrewをはじめとした共著者、および議論を交わしていただいた多くの方にこの場を借りて感謝したいと思います。

<略歴>

2013年 九州大学医学部医学科卒業。
2013年 同大学大学院医学系研究科博士課程入学、
2015年よりFriedrich Miescher Institute / University of Basel, Andreas Lüthi LaboratoryにてPhD student

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