東京女子医科大学・医学部・生理学(神経生理学分野)講座
講師
緑川 光春
我々の脳機能を司る神経回路は生後初期段階では未完成であり、発達に伴って徐々に完成していきます。この過程で神経回路の接続部であるシナプスはまず過剰に創生され、その後必要なシナプスが選別されて生き残り、不要なシナプスが除去されます。この除去過程は「刈り込み」と呼ばれ、適切な神経回路を構築する上で極めて重要な過程といわれています。シナプスには信号の送り手と受け手が存在しますが、送り手であるシナプス前終末は非常に小さく(数マイクロメートル)、これらの小さなシナプス前終末のどれが生き残り、どれが刈り込まれるのかを区別してその性質を調べることは従来の方法では困難でした。
そこで今回我々は、脳内の視床という領域において、生き残るシナプス前終末と刈り込まれるシナプス前終末を、実際の「刈り込み」が起こる前から別々の蛍光タンパク質で標識して直接電気応答を計測するという手法を新たに開発し、実際の選別と刈り込みに至るまでの両者の発達過程の違いを調べました。
生後最初期では二種類のシナプス前終末は共に未熟でその機能に差は見られませんでしたが、将来生き残るシナプス前終末では、まず第一段階として神経伝達物質をより多く、次いで第二段階としてより速く放出できるように機能が発達していったのに対し、刈り込まれるシナプス前終末ではその機能は生後最初期の未熟な状態から変わりませんでした。
視床の神経回路では、発達過程において生き残るシナプスへの入力を制限すると本来刈り込まれるべきシナプスが生き残るようになることが先行研究によって報告されています。そこで、同じ操作をしてシナプス前終末の発達過程に対する影響を調べてみたところ、生き残るシナプス前終末では第二段階の発達が見られなくなりましたが、刈り込まれるシナプス前終末は相変わらず未熟なままでした。つまり、両者の関係はいわゆるゼロサム関係(一方が得をするともう一方が損をする関係)ではなく、生き残るシナプス前終末への入力は両者の違いをより広げていく作用があることが分かりました。
本研究は発達途上の脳において生き残るシナプスと刈り込まれるシナプスの発達過程の違いを明確に示すことに成功し、これらの違いをヒントとして将来的に両者を運命づけている仕組みの解明やその操作につながる研究です。将来的にシナプス選別の仕組みを理解してこれを操作できるようになれば、脳の神経回路形成の異常に端を発する自閉症や統合失調症などの治療に役立つことが期待されます。
Mitsuharu Midorikawa*, Mariko Miyata*. Distinct functional developments of surviving and eliminated presynaptic terminals. (2021). Proc Natl Acad Sci U S A. 2021 Mar 16;118(11):e2022423118. doi: 10.1073/pnas.2022423118. (*は責任著者)
<図の説明>
発達途上の脳において将来生き残るシナプス前終末と刈り込まれるシナプス前終末における神経伝達物質放出機能の発達過程。生き残るシナプス前終末ではまず神経伝達物質をより多く、次いでより速く放出できるようになる二段階の発達過程があるのに対し、刈り込まれるシナプス前終末では神経伝達物質放出能は未熟なままほとんど発達しません。生き残るシナプス前終末における二段階目の発達は、この経路を活性化させる入力を制限すると起こらなくなりました。
<研究者の声>
本研究は、これまでライブイメージングを主軸にして研究を行ってきた私が久々にそれ抜きで行ったものでした。蛍光標識したシナプス前終末から直接電気記録に成功し、神経伝達物質放出される瞬間をとらえた時の興奮は忘れられません。途中、色々あって苦しんだ時期もありましたが、なんとか納得のいく形で成果をまとめることができました。細かい電気生理に没頭していくのを支援して下さった宮田麻理子先生をはじめ、サポートして下さった友人研究者の皆様に深く感謝いたします。
<略歴>
2007 年 東京大学大学院人文社会系研究科心理学専攻博士課程修了(Ph.D. 取得)
2007 年 米国オレゴン健康科学大学ヴォラム研究所 ポスドク
2012 年 同志社大学脳科学研究科 助教
2017 年 東京女子医科大学医学部 准講師
2020 年 同 講師