[一般の方へ ] 神経科学トピックス

空間認識を支える脳情報の流れを解明

大阪市立大学 大学院医学研究科 神経生理学
講師
北西 卓磨

海馬は空間認識にまつわる多様な情報を処理しますが、こうした情報が下流の脳領域群にどのように分配されるかは不明でした。本研究は、場所・移動速度・道順の情報が、海馬から海馬台を経て下流の4箇所の脳領域へと、領域選択的・非選択的に伝達されることを明らかにしました。

「いま自分がどこにいて、どこへ向かっているか?」という空間認識は、動物の生存にとって重要な能力です。海馬には、動物のいる場所・移動速度・道順などに応じて活動の頻度が変化する神経細胞が存在します。これらの神経細胞の発する空間情報は、海馬から下流の脳領域群へと分配されて活用されることで、脳機能を支えると考えられます。海馬の出力は、海馬台という脳領域を介して多くの下流領域へと投射しますが、具体的にどのように情報が分配・伝達されるかはこれまで不明でした。
 本研究は、さまざまな空間情報が海馬から海馬台を経て下流の4箇所の脳領域へと分配される情報伝達の様式を明らかにしました。一般的な神経活動の計測法では、活動を計測している神経細胞がどの脳領域に投射するかは分かりません。そこで、256個の多点電極による大規模活動計測と光遺伝学を組み合わせることで、ラット海馬台の100個程度の神経細胞の活動を一斉に計測しつつ、さらに、これらの神経細胞の投射先領域を網羅的に調べる実験系を構築しました (図A)。この手法を用いて、ラットが空間探索の課題を行う際の情報伝達を調べ、3つの事柄を発見しました。第一に、海馬台は海馬に比べて、ノイズに強い情報表現を持つことを見いだしました。海馬の神経細胞に比べると、海馬台の神経細胞は場所・速度・道順に対する選択性は低い一方で、神経活動の頻度が高いために海馬と同等の情報量を持ち、さらに神経活動に確率的に生じうるノイズの影響を受けにくいことが分かりました (図B)。この正確で頑強な情報表現は、海馬台から長距離の神経投射を通じた下流領域への情報伝達に適していると考えられます。第二に、多様な空間情報は海馬台から下流の脳領域群へと、情報の種類に応じて領域選択的・非選択的に伝達されることを見いだしました (図A)。具体的には、速度と道順の情報はそれぞれ帯状皮質と側坐核に選択的に伝達され、場所の情報は側坐核・視床・乳頭体・帯状皮質の4領域に均等に分配されることを明らかにしました。このことから、海馬台は、情報の種類と標的領域に応じて、情報を分配する役割を持つことが分かりました。第三に、海馬台から下流の脳領域への情報伝達は、ミリ秒の時間精度で正確に制御されることを見いだしました。海馬や海馬台では、動物の行動の状態によりシータ波やシャープウェーブ・リップル波という脳波が発生します。海馬台から下流領域へと投射する神経細胞は、標的とする脳領域によって、これらの脳波のリズムに対して特定のタイミングで活動を生じたり、活動の頻度が変化したりすることが分かりました。
 以上のように、本研究は、多様な空間情報が海馬から海馬台を経て、下流の4領域へと分配される一連の情報伝達の様式を明らかにしました。海馬は、空間情報を含めたさまざまな情報を取り扱い、記憶に重要な役割を果たします。今回の成果は、海馬を中心とした記憶システムの動作原理の解明や、認知症の病態の理解につながると期待できます。

Robust information routing by dorsal subiculum neurons
Takuma Kitanishi*, Ryoko Umaba, and Kenji Mizuseki* (*は責任筆者)
Science Advances, 2021, Vol. 7, no. 11, eabf1913
https://doi.org/10.1126/sciadv.abf1913

 

<図の説明>

(A) 海馬から海馬台を経て下流の脳領域へと向かう空間情報 (場所・速度・道順) の流れを、大規模な神経活動計測と光遺伝学を組み合わせて追跡しました。
(B) 海馬・海馬台における場所情報の表現。海馬の神経細胞は、動物が特定の場所にいるときに選択的に活動しました。一方、海馬台の神経細胞は、場所に対する選択性は低いものの、活動頻度が高いために海馬と同等の情報量を持ち、ノイズに対して頑強でした。

<研究者の声>

脳情報の流れを実測したいと始めた研究で、その一端を明らかにできたことを嬉しく思います。選択性が低くひたすら活動する海馬台の神経細胞が、実は正確で頑強な情報を持つことに気付いたところから、するすると海馬台の役割が見えてきました。この研究は、大阪市立大学の水関健司先生の研究室で行いました。素晴らしい環境で自由に研究させていただいたことに深く感謝いたします。

<略歴>

2004年 東京大学薬学部卒業、2009年 同大学大学院薬学系研究科博士課程修了。ノルウェー科学技術大学カヴリ研究所博士研究員、京都大学生命科学系キャリアパス形成ユニット・大阪大学大学院医学系研究科 日本学術振興会特別研究員SPDを経て、2016年より現職。2018年より科学技術振興機構さきがけ研究者兼任。

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