[一般の方へ ] 神経科学トピックス

生まれたての神経細胞が旅立つ最初期ステップを解明
~脳室面に付着した神経細胞の足をDSCAMタンパク質が切り剥がす~

国立精神・神経医療研究センター 病態生化学研究部
リサーチフェロー
有村 奈利子

脳室表面で母細胞から生まれた神経細胞は、足のような構造体を脳室面に接着させていますが、ほどなくこの足を切り剥がして移動を開始し、正しく機能するための場所へと旅立ちます。今回、私達は、神経細胞だけを色分け標識する新しい方法を開発し、神経細胞の足の切り剥がしの最初期に、ダウン症関連因子であるDSCAMが関与していることを明らかにしました。

 脳が発達する時、脳奥深くの脳室面で、母細胞が分裂して神経細胞を生み出します。生まれたての神経細胞は「終足」と呼ばれる足のような構造体を伸ばして脳室表面にぴったり接着しています。この接着部分はほどなく剥がれて、神経細胞は正しい位置へと移動を開始します。この「神経細胞の旅立ち」が正常に行われないと、神経細胞が正しい位置に配置されず、精神・神経疾患の原因になると考えられています。しかし、神経細胞の旅立ちの最初期ステップである、接着部分が剥がれるメカニズムについては明らかにされていませんでした。
 発達時期の脳には神経細胞と分裂増殖する神経前駆細胞が密に存在しています。本研究では神経細胞だけを色分け標識する新しい方法を開発し、これを用いて標識された神経細胞を経時的に動画記録(タイムラプス)することによって、生まれたての神経細胞(図A紫色)の終足が脳室面に接着する様子や、それを剥がして神経細胞が上方へと移動を開始する様子を詳細に観察することが可能となりました(図A)。私たちは、ダウン症関連因子のDSCAMの研究を進める過程で、DSCAMが新しく生まれた神経細胞の終足の先端部分に集積していることを見つけました。DSCAMは神経細胞の膜タンパク質で、神経細胞同士が接着したり回避したりする時に機能する分子であることが知られていましたが、生まれたての神経細胞での機能は不明でした。そこで、DSCAMタンパク質の発現を抑制した状態で、生まれたての神経細胞の振る舞いを動画観察しました(図B)。すると、DSCAMの発現を抑制した神経細胞では、終足を脳室表面から剥がすことができず(図B黄矢頭)、終足が長く引き伸ばされてしまいました。この引き伸ばされた終足は、なかなか脳室面から引き剥がされず、結果として神経細胞が上方へと移動できなくなっていることがわかりました(図C)。
 次に、なぜDSCAMの発現が低下すると神経細胞が移動できないのかを調べました。これまでの研究により、神経細胞の終足は、Nカドヘリンという接着剤の働きをする分子によって脳室面へと繋ぎ止められていることが知られていました。私達は、DSCAMの発現が低下すると、終足の脳室への接着面におけるNカドヘリンの量が増加することを見出しました。この過程に、DSCAMがNカドヘリンの接着面への量を調節する分子群(RapGEF2、Rap1)を直接制御していることを見つけました。つまり、正常な神経細胞では、DSCAMが作用することでNカドヘリンという接着剤が減少して、その結果として終足が脳室面から剥がれることがわかりました(図D、E)。
 以上の研究結果により、DSCAMが、Nカドヘリンの接着面への量を調節する分子群を制御し、終足の接着を維持している細胞接着分子Nカドヘリンの量を減らすことで、終足の離脱を促進していることが明らかになりました。本研究は、神経細胞発生の最初期ステップを解明しただけでなく、その異常によってもたらされる様々な神経発達障害の理解にも繋がると考えられます。

DSCAM regulates delamination of neurons in the developing midbrain
Nariko Arimura*, Mako Okada, Shinichiro Taya, Ken-ichi Dewa, Akiko Tsuzuki, Hirotomo Uetake, Satoshi Miyashita, Koichi Hashizume, Kazumi Shimaoka, Saki Egusa, Tomoki Nishioka, Yuchio Yanagawa, Kazuhiro Yamakawa, Yukiko U. Inoue, Takayoshi Inoue, Kozo Kaibuchi, Mikio Hoshino* 2020, Science Advances, Vol. 6, no. 36, eaba1693, DOI: 10.1126/sciadv.aba1693 (*は責任筆者)
https://advances.sciencemag.org/content/6/36/eaba1693

 

<図の説明>

(A) 神経細胞だけを色分け標識する新しい方法(紫)。左端の灰色の細胞は、0時間の細胞の形を描き出したもの。脳室面に短い突起が付着している(写真中の白矢印)。周りには多数の細胞が存在しているが、神経細胞のみ紫色で標識されるようになる。通常(対照群)は、終足と呼ばれる神経細胞の短い突起(白い矢頭)が脳室面に接着しているが、ほどなくして脳室面からはがれ、上方へと移動する(緑矢頭)。
(B)図2と同様の方法で、DSCAMの発現を抑制した時の細胞の動き。左端の灰色の細胞は、0時間の細胞の形を描き出したもの。DSCAMの発現抑制によって終足がはがれずに引き伸ばされる。結果として神経細胞が上方への移動できない。
(C)脳室面から旅立った神経細胞の割合(%)。
(D)通常の神経細胞は、母細胞から生まれた直後には短い突起(終足)を伸ばして脳室面に接着している(灰色丸の部分)。この部分にDSCAMが集積し、接着面におけるNカドヘリンの働きを低くする(点線丸の部分)。すると終足の接着がはがれて、神経細胞は上方へと移動を開始する。
(E) DSCAMの発現を抑制すると、結果としてNカドヘリンの働きが高いために、終足の接着がなかなか剥がれなくなる。神経細胞の細胞体(核とその周りの部分)はそれでも少しは上方へと移動するため、終足が極端に長く伸びる。結果として神経細胞の移動は大きく損なわれる。

<研究者の声>

この研究成果は、当時山梨大学大学院生で一緒に研究してくれた学生さんがタイムラプス観察を行ってくれた中で見出された現象を主軸に構成されています。あれからもう4年ほど経ちますが、初めてDSCAMの機能を阻害した神経細胞の動画を見た時の、「何この細胞!」という感動を、今でも覚えています。これからも、このような感動を得られる研究を行なって参りたいと思います。論文作成に関わってくださった全ての共同研究者に感謝いたします。今回紹介した研究を行なってみたい学生さんは、当研究室までお声がけください。
[研究室] https://www.ncnp.go.jp/nin/guide/r_diag/index.html

<略歴>

2003年3月 名古屋大学大学院医学系研究科 細胞情報医学 博士課程短期修了
2003年4月 日本学術振興会 特別研究員PD
2005年9月 名古屋大学大学院医学系研究科 付属医学教育研究支援センター助教
2008年9月 玉川大学 脳科学研究所 GCOE准教授
2012年4月 財団法人 東京都医学総合研究所 主席研究員
2013年1月 国立精神神経医療研究センター リサーチフェロー
2017年4月 日本学術振興会 特別研究員(RPD)
2020年1月 現職

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