[一般の方へ ] 神経科学トピックス

塩のおいしさを生み出す細胞とその仕組み

京都府立医科大学大学院医学研究科 細胞生理学
助教 野村憲吾(のむら けんご)

飽食の現代、私たちは塩分を摂り過ぎる傾向にありますが、食塩をおいしく感じる仕組みは謎のままでした。今回、マウスを用いた実験で、舌にある塩味を感じる細胞(塩味受容細胞)を同定しました。さらに、この細胞で塩味の情報が変換され、脳へと伝えられる仕組みを分子レベルで解明しました。
 私たちの味覚は、舌に備わっている味覚センサー器官(味蕾)が生み出しており、味蕾の中では、複数の細胞が食塩(NaCl)に応答することが知られています。高濃度の食塩は塩辛い嫌な味がしますが、この味を生み出す細胞は苦味と酸味の感知細胞であると言われています。一方、食塩のおいしい味については、上皮型ナトリウムチャネル(ENaC)によってNa+が感知されることで生じるということが30年以上前に報告されましたが、肝心の塩味受容細胞(塩味細胞)の正体は不明のままでした。さらに、塩味の情報が脳へ伝達されるためには、味蕾内に張り巡らされた味神経に塩味細胞が情報を伝達する必要がありますが、その仕組みについても長年の謎でした。今回私たちは、舌の味蕾で食塩の“おいしい” 塩味を受容する細胞が、ENaCと神経伝達物質の一つであるATPを通すユニークなチャネル(CALHM1/3)を共発現していることを突き止めました。さらに、CALHM1/3チャネルが、塩味細胞から味神経への情報伝達を担う分子であることも明らかにしENaCからのシグナルがCALHM1/3を活性化する仕組みも解明しました。
 塩味研究が遅れていた要因の一つは、細胞をNa+で刺激して細胞応答を測定するのが難しいことでした。これは、Na+が正常な細胞機能の維持にも必要なため、細胞外のNa+濃度を変えることができなかったためです。そこで私たちは、あらかじめENaC阻害剤を作用させておいた細胞(=ENaCが抑制された状態)から、阻害剤を瞬時に除去するという手法を考案し、Na+濃度を変えずにENaCだけを活性化させた時の細胞応答を記録できるようになりました。これにより、ENaCを発現する味蕾細胞において、ENaCの活性化により活動電位が生じることを見出しました。さらに、ENaC活性をもつ細胞集団の中でもCALHM1/3をもつ細胞だけが塩味細胞として機能することを突き止めました。
 このCALHM1/3チャネルは、塩味細胞において細胞外(シナプス部)に神経伝達物質(ATP)を放出するためのチャネルとして機能していました。すなわち、活動電位による膜電位の変化に応答してCALHM1/3が活性化すると塩味細胞からCALHM1/3チャネルを通ってATPが放出され、塩味情報を脳に伝達する神経(味神経)が活性化することを解明しました。実際に、CALHM3欠損マウスやCALHM1発現細胞だけでENaCを欠損させたマウスにおいて、味神経の食塩に対する応答や食塩を好んで摂取する行動が大きく損なわれていました。
 本研究により、食塩のおいしさの背景にある仕組みが細胞・分子のレベルで解明されました。これは科学的な知見に基づいた減塩食品の開発に資するものと期待しています。また私たちは、小胞ではなくATPチャネルを通して神経伝達物質を放出する、この特殊なシナプス様式を『チャネルシナプス』と名付け、全身の神経系における役割にも注目しています。

<図と説明>

(左)舌で塩味を感じるメカニズムの模式図。食事に含まれるNa+がENaCを介して塩味細胞に流入すると、細胞膜の脱分極が起こり、細胞に活動電位と呼ばれる電気シグナルが生じる。これを受けて、CALHM1/3チャネルが神経伝達物質(ATP)を放出し、味神経に情報を伝達する。
(右)塩味細胞の微細構造を超解像共焦点レーザー顕微鏡で撮影した写真。塩味細胞と味神経が接している部位にCALHM1が局在している(矢頭)。
 
<論文情報>
All-electrical Ca2+-independent signal transduction mediates attractive sodium taste in taste buds. Nomura K*, Nakanishi M, Ishidate F, Iwata K, Taruno A*#. Neuron 106: 816–829 (2020).
https://doi.org/10.1016/j.neuron.2020.03.006
*共同筆頭著者 #責任著者

<研究者の声>  
 塩がおいしい、という誰しもが知る生理現象の一端を解明することができたことを大変嬉しく思います。本原稿に超解像蛍光顕微鏡を用いて撮影した画像を掲載しておりますが、細胞―CALHM1/3チャネル―味神経からなる塩味細胞のシナプス構造を初めて可視化できたときには感動しました。本論文の共同筆頭著者であり責任著者である樽野陽幸教授をはじめ、お世話になった先生方、学生の皆様にこの場をお借りして御礼申し上げます。
 
<略歴>
野村憲吾
2014年 3 月
  徳島大学大学院栄養生命科学教育部 人間栄養科学専攻 博士後期課程修了
2014 年4 月-2019 年 3 月
  基礎生物学研究所 統合神経生物学部門 研究員
2019 年 4 月-現在
  京都府立医科大学大学院医学研究科 細胞生理学 助教

 
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