スタンフォード大学医学部バイオエンジニアリング専攻
博士研究員 井上 昌俊
脳は複数の異なる神経細胞種がそれぞれ協調的に、かつ適切な頻度・回数で活動電位を発生させ、他の神経細胞に神経情報伝達することにより、正常な認知・学習機能を発揮すると考えられています。近年、この脳情報を読み解くのに、活動電位の発生に伴い細胞外のカルシウムイオン(Ca2+)が細胞内に流入することを利用して、Ca2+センサーを用いたイメージング法が急速に普及しています。これまでCa2+センサーには、低分子色素型とタンパク質型が報告されていますが、遺伝学を用いて同時に一万個以上もの神経細胞から大規模かつ特定の神経細胞種の活動を記録可能なことから、近年ではタンパク質型のものが広く用いられています。しかしながら、従来のタンパク質型を含めたCa2+センサーは活動電位が発生したかどうかのみを検出しており、活動電位の頻度や回数といった定量的な情報を読み取るには性能が不十分でした。また、生体内で実用的な従来のCa2+センサーは緑色と2015年に私たちが開発した赤色の2色のみであったため、3種類以上の複数の神経細胞種を同時計測することは極めて困難でした。そこで、私たちは遺伝子工学を駆使して、従来より利用されているCa2+結合ペプチド配列を、私たちが独自に見出したペプチド配列に置換しました。その結果、活動電位の回数に対して比例した蛍光変化を示し、かつ超高速(従来の緑色Ca2+センサーの5倍高速)なCa2+センサーを作製することに成功しました。さらに、タンパク質の構造情報に基づいて多色化(青、緑、黄、赤)し、これらのCa2+センサー群を『XCaMP』と名付けました。各センサーの名前については、XCaMP-□の□の部分に、色に相当するイニシャルを入れ、それぞれXCaMP-B、XCaMP-G、XCaMP-Y、XCaMP-Rとなり、多色をイメージし易いように致しました。こうして得られたXCaMPセンサーを生きた状態のマウスの脳に導入し、高頻度に活動電位を出す抑制性細胞の活動パターンの解読及び異なる3種類の神経細胞種の超高速神経活動計測に成功しました。以上のように合理的な分子設計により、高頻度神経活動パターンをも解読可能な高速多色Ca2+センサーを開発しました(図)。さらに、センサーの開発だけにとどまらず、生きたマウス脳において従来計測困難であった以下の3つの新たな生物学的知見を見出しました。①XCaMPの高速性を生かして、前頭前野において物体探索行動に伴い異なる3つの細胞種がそれぞれ決まったタイミングで活動すること、②XCaMPの多色性を生かして、2つの神経細胞間の情報伝達を可能にするシナプス伝達が時空間的に緻密に制御されていること、そして、③XCaMP-Rが赤色と長波長シフトしているため、光の組織内散乱が少ないことを利用し、これまでの報告の中で最も脳表から深い海馬において感覚入力に伴った持続的な活動様式を観察することができました。今後、XCaMPを用いることにより、従来計測困難であった神経回路ネットワークの動作原理の解明に革新をもたらすことが期待されます。
Rational engineering of XCaMPs, a multicolor GECI suite for in vivo imaging of complex brain circuit dynamics
Inoue M†, Takeuchi A†, Manita A†, Horigane S, Sakamoto M, Kawakami R, Yamaguchi K, Otomo K, Yokoyama H, Kim R, Yokoyama T, Takemoto-Kimura S, Abe M, Okamura M, Kondo Y, Quirin S, Ramakrishnan C, Imamura I, Sakimura K, Nemoto T, Kano M, Fujii H, Deisseroth K, Kitamura K, and Bito H. Cell, 177, 1346-1360. 2019. (†These authors are equally contributed.)
(1)センサーの高速化、線形化(Ca2+濃度と蛍光変化が比例すること)により従来困難であった生きた動物個体での神経情報(活動電位の頻度、回数)を読み取ることができるようになります。多色化することにより、(2)3つの異なる細胞種の神経活動を同時計測すること及び、(3)2つの神経細胞間の情報伝達の様子を可視化できるようになります。これにより、異なる神経細胞種間の関係を明らかにすることが可能になり、行動、記憶成立の過程における神経回路の動作原理を始めとして精神疾患などの病態解明につながることが期待されます。
<研究者の声>
本プロジェクトは実質的におよそ半年でXCaMPセンサーを開発でき、初めて生きたマウス脳内で神経活動に伴いピカピカとしかも超高速で細胞が光る様子を見た時の興奮は忘れられない思い出です。
しかし、この興奮から実際に神経科学への有用性を証明するのに時間がかかりました。これまで誰も見たことがないものを見ようとして、手探りで一つ一つの実験・解析手法を確立したため、論文投稿から採択までに時間がかかり焦ることもありました。そのような中でも、提案した実験・解析を快く受け容れ、自由に取組める環境を整え叱咤激励して頂いた、尾藤先生を初めとしまして日米合わせて合計9研究室の共同研究者の方々に心から御礼申し上げたいです。特に、本プロジェクトは、一貫して、狩野方伸研究室(東大)の竹内敦也博士ならびに喜多村和郞研究室(山梨大)の真仁田聡助教との文字通り不眠不休のコラボを続けた成果であり、このような協力体制を築いて下さった両研究室に心から感謝申し上げます。
<略歴>
2007年 東京大学理学部生物化学科卒業。2013年 同大学大学院医学系研究科博士課程修了、同年より同 特任研究員を経て特任助教。2016年よりスタンフォード大学Karl Deisseroth研博士研究員。