慶應義塾大学 医学部
大学院生 吉田慶多朗
意欲的に物事に取り組む、という意欲行動の背景には、目標を設定してはじめの一歩を踏み出すことと目標の達成までやりきることの2つがあります。目標設定と行動開始には「やる気」が関わり、行動を開始してから目標達成に至るまでの行動の持続には「根気」が関わります。これまで、行動の開始、はじめの一歩を踏み出す「やる気」の脳内メカニズムについて多くの研究が行われてきましたが、行動を持続させる「根気」についての研究がなく、その脳内メカニズムは全く分かっていませんでした。
本研究では、まず「根気」を定量する実験系をマウスで確立しました。この実験では、設定したレバー押しの回数をマウスが制限時間内に押すことができればエサを獲得できます。これを成功とします。設定した回数に至るまでレバーを押し続ける「根気」が続かず制限時間を迎えた場合は、失敗となります。この実験を繰り返し、エサを獲得できた成功確率により「根気」を評価しました(図A)。
意欲的に取り組んでいるにも拘わらず、わずかでも不安が昂じると行動に集中できず、手を止めてしまうことは私たちの経験からも理解できます。そこで私たちは不安に関連する脳領域の一つである腹側海馬に注目し、「根気」と腹側海馬活動の関係を調べました。課題中に腹側海馬神経細胞の活動を計測した結果、成功したトライアルでは、レバー押し開始(1回目のレバー押し)からレバーを押し終わるまで腹側海馬の活動抑制が持続しました。逆に、途中でレバーを押さなくなった失敗トライアルでは、腹側海馬の活動抑制が解除され、ベースラインに戻ることがわかりました(図B)。
海馬活動を抑制する神経伝達物質の一つとして、セロトニン(以下、5-HT)が知られています。最後に、意欲行動の持続中に生じる腹側海馬の活動抑制に5-HTニューロンが関与するかを調べました。その結果、レバー押し中に正中縫線核5-HTニューロンが活性化することを明らかにしました。このことから、「根気」を生み出す腹側海馬の抑制は、正中縫線核5-HTニューロンの活性化によって生じていることが明らかになりました(図C)。
さまざまな精神・神経疾患で生じる意欲低下は、うつ病をはじめとする頻度の高い症状です。うつ病の治療に認知行動療法がありますが、これには定期的にクリニックに通い続ける「根気」が求められます。「根気」が続かなくて認知行動療法を受けることができないケースにどのような介入ができるか、という新しい研究の切り口によって、画期的な治療法につながることが期待されます。
Serotonin-mediated inhibition of ventral hippocampus is required for sustained goal-directed behavior.
Keitaro Yoshida, Michael R. Drew, Masaru Mimura, Kenji F. Tanaka
Nature Neuroscience, in press (2019)
doi: 10.1038/s41593-019-0376-5
(A) レバー押しと餌報酬を動機付けしたオペラント課題。設定した回数のレバーをマウスが制限時間内に押すことができればエサを獲得できる。一方、設定した回数に至るまでレバーを押し続ける「根気」が続かず制限時間を迎えた場合、そのトライアルは失敗となる。
(B) 横点線は活動のベースラインを示す。レバー押しを完遂し目標を達成できた試行では、レバー押し行動の継続中、腹側海馬の活動が抑制された(青色)。途中であきらめた試行では、腹側海馬の活動の抑制が弱まりベースラインに戻った(赤)。
(C) 正中縫線核5-HT神経が活性化することと、海馬で放出されるセロトニンが海馬神経細胞抑制を抑制することで、「根気」を持続させている。
<研究者の声>
本研究は、私が学位論文の仕事として行ったものになります。慶應義塾大学では学位の取得に論文受理が必須ですが、最初に論文の投稿をしたのは4年生の5月でした。論文を投稿してから受理されるまで先の見えない戦いになります。特に質の高い雑誌は受理されるまで2、3年かかることもあると聞いていたため、一体いつになったら学位を取得できることやら、と悩んだこともあります。結果、投稿してから1年間で受理された時はうれしさよりも、ホッとした気持ちになりました。論文が受理される最後の最後まで熱い指導をして下さった田中謙二先生に深く感謝致します。
<略歴>
2013年 東京薬科大学 生命科学部 生命科学科 卒業
2015年 慶應義塾大学大学院 医学研究科 修士課程 修了
2015年より現在 慶應義塾大学大学院 医学研究科 博士課程
(2018年 日本学術振興会特別研究員DC2)