[学会について] 会長からのメッセージ

2022年の年頭に

日本神経科学学会会長
柚﨑通介
(慶應義塾大学医学部)
 
こんな夢を見た。
心理学・計算科学・経済学・臨床医学を含むさまざまな分野から、神経科学に参入する学生や研究者がどんどん増加しており、日本神経科学学会の会員数も遂に1万人を超えた。神経科学に興味を持つ一般の人達も増え、いまや、はやぶさ2の後継プロジェクトと人気を二分している。私の研究室にも参加希望の大学院生が殺到しており選ぶのに困るくらいである。研究室では学生や若手・シニア研究者達が日夜研究に明け暮れて活気に満ちており、新しい発見の喜びとその解釈をめぐっての議論が楽しい。研究室の若手研究者は国内外の大学や研究所で次々とポジションを得て独立して行き、毎年お祝い会だ。産業界や行政などのアカデミア以外の分野で活躍する研究者や、逆にアカデミア以外の分野から再び研究室に参加してくる人も増え、研究室に新しい風をもたらしてくれている。アカデミアで独立する若手研究者にはセットアップのための予算補助がしっかりとあり、最先端の高額研究機器や解析技術、あるいはモデル動物やウイルスベクター等は共同研究室や支援制度が充実している。また公平な審査の上で十分な競争的研究費が最低5年間与えられるようになり、いったん得た研究費については、年度を越えた柔軟な運用ができるようになった。年次報告書も1ページ以内の簡単な報告のみで良くなり、より研究に集中できる環境となった。おかげで産業応用や脳精神疾患の診断や治療に直結する画期的な成果が挙がってきた。
少子高齢化を背景に大きな経済発展が望めない時代に、これはただの夢物語なのだろうか?私はそうとは思わない。しかし夢を実現するには研究者だけではなく、政治・教育・経済など、さまざまな方面からの理解と支援が必須であろう。日本神経科学会ではさまざまな活動を通して、神経科学を取り巻く研究環境を整えていく努力を続けていきたい。現在、学会で進められている法人化および評議員制度の導入などの会則変更は、このような努力の一歩であることをどうか改めてご理解いただきたい。任意団体である日本神経科学学会が、一般社団法人として登記をすることにより、対外的な意味において、団体としての信用性がより向上する。より一層、公正性・透明性が確保された学会の運営となることも期待される。将来的には公益法人化することによって、公益のための収益事業も行い易くなり、財政基盤を強化できる。また、専門領域・性別・年代・地域といったダイバーシティにも配慮した評議員(代議員)制度を導入することによって、より幅広い会員の声を学会運営に反映させることができることを期待している。2022年度中には新しい学会体制に移行することを目指している。
一方で、会員の皆様自身も、次世代の神経科学研究者によりよい環境を整えていく責任を持っていることを改めて自覚していただきたいと思う。ケネディ大統領はその就任演説においてAsk not what your country can do for you--ask what you can do for your countryと言った。同様に、学会が会員のために何ができるかばかりを問わず、会員一人ひとりが、日本神経科学学会の発展や、日本の神経科学研究の環境を改善するためにどう貢献できるかを是非考えていただきたい。
宇宙科学と同じくらいの国民の支援を得るためには、地道なアウトリーチ活動や広報活動が必須である。脳神経科学の成果を広報する際には、「〇×病の診断や治療に役立つ発見である」という語り口で述べられることが多い。しかし脳神経科学の不思議さや面白さをこそ伝えていけるようにしなくてはいけないだろう。日本神経科学学会では、高校生を対象とした脳科学オリンピックや、一般市民を対象とした市民公開講座「脳科学の達人」(Youtubeで視聴可能)を行っている。このような活動は個々の会員レベルでもどんどん進めていっていただきたい。
私が所属する慶應義塾大学は実学を理念としているが、その塾長であった小泉信三は「すぐに役に立つものはすぐに役に立たなくなる」ことを提唱した。つまり、どんな研究が将来大きく発展するのかが分からないことこそが研究の面白さである。産業界への導出や応用に余りに力点を置いた研究費制度には注意が必要である所以である。今流行っていない分野であっても、幅広い分野に研究費が行きわたることが必要である。アメリカでは、様々な病気の予防、処置、治療に大きな変革をもたらすことを目的としてAdvanced Research Projects Agency for Health (ARPA-H)の設立が現在議論されている。これはDefense Advanced Research Projects Agency (DARPA)をモデルとしている。DARPAはインターネットの原型であるARPANETや全地球測位システムGPSを生み出した成功例として知られている。日本のムーンショットプロジェクトもARPAをモデルとしていると聞く。ARPAモデルでは、失敗しても構わないのでプログラムオフィサー(PO)に裁量を与え、ハイリスクの研究を許容することが非常に重要であることが判明している。このように、幅広い分野の基礎研究に投資するとともに、ハイリスク・ハイリターン研究を育てていく仕組みが必須であることを、日本の政治家や官僚によく理解していただくためのアドボカシー活動が必要である。北米神経科学学会では、個々の会員に対してそれぞれの地元の議員に対するアドボカシー活動を求めている。私たちもこのような活動が求められているのかもしれない。
皆様とともに、私の夢が正夢となるように日本の神経科学の発展を目指して進んでいきたい。
2022年1月

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