「ヒト脳機能の非侵襲的研究の倫理問題等に関する指針」から
「ヒトを対象とした脳・神経科学研究を倫理的に計画・実施するための指針」へ
2025年8月公開
物質であるヒトの「脳」がどのように「こころ」の機能を生み出すのかを解明すること、そして精神的・神経疾患などに伴う「こころ」の不調の原因を解明しその治療法を見出すことは神経科学の究極の目的と言っても過言ではない。日本神経科学学会(以下、本学会)は、1990年代に機能的磁気共鳴画像(fMRI)など「こころ」がヒトの脳にどのように表現されているかを研究する非侵襲脳機能計測技術が飛躍的に発展したことから、2001年に「ヒト脳機能の非侵襲的研究の倫理問題等に関する指針」を制定し、「実験参加者やその関係者の福利に対する配慮は、科学的および社会的利益よりも優先されなければならず、研究者は実験参加者やその関係者の尊厳およびその人権の保護の原則を遵守し、倫理的・法的・社会的問題に十分な配慮を行った研究計画を立案し、それに則って研究を遂行すること」を求めてきた。また、ヒト脳機能の非侵襲的研究手法の発展に伴い新しく生まれてきた各種脳刺激法や脳波を用いたBrain-Machine Interface(BMI)の項目を追加するための改訂、あるいは2018 年の「臨床研究法」の施行に続く2021年の「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」の公布を反映させるための改訂を重ねることで、時代に合わせて指針をアップデートしてきた。本学会はこれらヒト神経科学の倫理の啓発を着実に進めてきた一方で、世界的には脳外科手術など侵襲を伴う計測機会を利用したヒト脳機能の研究が目覚ましく発展しており、非侵襲・侵襲という垣根を超えた「ニューロテクノロジー」の産業応用が見据えられていること、そして「ニューロテクノロジー」にまつわる倫理的・法的・社会的問題(ELSI)の議論が盛んになっている事実を注視してきた。脳神経外科手術など侵襲を伴う脳機能計測は、疾患の治療に必要な範囲において日本においても行われている。そこで本学会は、非侵襲・侵襲という垣根を超えた「ニューロテクノロジー」技術の今後の発展を見据え、本学会の指針においても深部脳刺激、収束超音波刺激や頭蓋内埋め込み電極を用いたヒト神経科学研究のELSIを扱う方向に舵を切った。具体的には、「ヒト脳機能の非侵襲的研究の倫理問題等に関する指針」を発展させ、深部脳刺激、収束超音波刺激や頭蓋内埋め込み電極による研究の項目追加を行うとともに、指針も「ヒトを対象とした脳・神経科学研究を倫理的に計画・実施するための指針」として周知することにした。本指針が、「ヒト脳・神経科学研究」と「ニューロテクノロジー」が社会に広く受け入れられ、社会とともに健全に発展するための一助となれば幸いである。
一般社団法人 日本神経科学学会 理事長 山中 宏二
一般社団法人 日本神経科学学会 倫理委員会 委員長 花川 隆
ヒトを対象とした脳・神経科学研究を倫理的に計画・実施するための指針(2025)
(PDFファイル)
改訂担当(倫理委員会委員)
花川隆(委員長)、貴島晴彦、福士珠美、松本理器
アーカイブ(過去の記事)
[神経科学の持続可能な発展のために]
ヒト脳機能の非侵襲的研究の倫理問題などに関する指針(2022年改訂版)
2022年5月10日(公開日)
「ヒト脳機能の非侵襲計測法」は、ヒトの「こころ」の物質的基盤である「脳」の全容解明とその不調による精神・神経疾患の克服を目指す神経科学の一分野として欠かせない技術である。一方で、計測技術の多くは医療に用いられているテクノロジーの基礎・臨床神経科学研究への応用であり、かつ個人から得られる脳情報を研究対象としていることから研究倫理上の配慮を欠かすことができない。日本神経科学学会は、2001年に「ヒト脳機能の非侵襲的研究の倫理問題などに関する指針」を策定し、2019年には神経科学技術の進歩と「臨床研究法」や「個人情報の保護に関する法律」の施行など社会情勢の変化を反映させた大改訂を行い、ヒト脳機能の非侵襲的研究の倫理問題に積極的にコミットしてきた。
今回、2019年の改訂からさほど時間が経過していないものの、2021年に「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」と「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」が、「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」として統合されたことから、この統合指針を反映させた改訂を行なった。「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」では、「侵襲」あるいは「介入」といった言葉の定義が明確になされており、このような概念の明確化を本指針にも反映させた。一方で、本指針が扱う手法の一部が、「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」の定義に基づけば「非侵襲」とは言えない状態も生まれており、本指針をさらに発展的に改訂することの必要性も認識している。次期改定までの間、本改訂指針が、ヒト脳機能の非侵襲的研究に携わる基礎・臨床神経科学研究者、研究参加者や関係者にとって有意義な情報として活用され、ヒト脳機能の非侵襲的研究の発展に貢献することを願う。
日本神経科学学会 会長 柚崎 通介
日本神経科学学会 倫理委員会委員長 花川 隆
改訂担当(倫理委員会委員)
花川 隆(委員長)、佐倉 統、定藤規弘、島田斉、田中悟志、松田哲也
「ヒト脳機能の非侵襲的研究の倫理問題などに関する指針」の周知徹底のお願い(2012)
平成24年2月28日
日本神経科学学会では、2001年に「ヒト脳機能の非侵襲的研究の倫理問題などに関する指針」を策定し、さらにその後の研究動向、社会情勢の変化に対応して、2009年にその内容の大幅な改訂を実施し、日本神経科学学会会員のみならず、非侵襲的なヒト脳機能研究を行おうとする多くの研究者に本指針の遵守を求めてきたところであります。
「ヒト脳機能の非侵襲的」研究は、人の尊厳に直結した「心」の領域をも研究対象とすることから、例えば、“心を操作されるのではないか”といった、危惧や懸念を社会に引き起こすことのないよう充分な配慮が求められます。これら人を研究対象として実施される脳神経科学研究においては、被験者/実験参加者やその関係者の福利に対する配慮が科学的および社会的利益よりも優先されなければならず、研究者は被験者/実験参加者やその関係者の尊厳およびその人権の保護の原則を遵守し、倫理的・法的・社会的問題に十分な配慮を行った研究計画を立案し、それに則って研究を遂行することが求められます。
現在、当該研究分野の発展には目覚ましいものがあり、今後も新たな研究が多くの研究者・研究機関によって計画・実施されると予測されます。そこで当学会としては、ヒト脳機能の非侵襲的研究の倫理性の確保のため、再度、当該研究に携わる研究者・研究機関に本倫理指針の内容を喚起し、その周知及び遵守の要請をお願いするところであります。
日本神経科学学会 倫理委員会委員長 定藤規弘
日本神経科学学会 会長 宮下保司