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2024年度時実利彦記念賞受賞者 服部 信孝 先生 受賞の言葉

服部 信孝
順天堂大学医学部脳神経内科
 この度は2024年度の伝統ある時実利彦記念賞に選出していただき、大変光栄に思うとともに身の引き締まる思いです。選考委員の皆様ならびに日本神経科学学会の皆様に心から感謝申し上げます。私が歩んできた「パーキンソン病研究」について振り返りたいと思います。私は1985年に順天堂大学医学部を卒業後、脳科学に興味を持ち脳神経内科に入局しました。卒後3年目の研修時代から研究を始める機会に恵まれました。当時、初代教授であった楢林博太郎先生が主宰する神経学講座(脳神経内科)では、パーキンソン病研究が盛んで、特に神経生理が主流でした。神経変性疾患よりも重症筋無力症などの神経免疫疾患がステロイドの投与で劇的に改善することもあり、その魅力に引かれ神経免疫疾患の研究に没頭しました。当時研修先であった国立療養所富士病院(森本啓介神経内科部長の指導のもと)でMタンパク血症と末梢神経障害の研究を始めました。この時に経験した臨床から研究テーマを考案し、研究に結びつける一連の流れを身につけたと思います。そして1989年、二代目主任教授として水野美邦先生が赴任され、教室のパーキンソン病の研究が神経生理から分子生物学的アプローチへと大きくシフトしました。ちょうど1989年に帰局した最初の医局会で、先の富士病院での研究の発表の機会を頂き、水野先生に大学院進学を勧められました。「研究をしてみたい」という気持ちが強かったので、進学を決めました。ミトコンドリア機能とパーキンソン病をテーマに、ミトコンドリア研究のメッカである名古屋大学医学部生化学第2教室の小澤高将先生のもとで国内留学の形で3年間修行させていただきました。水野先生が発見されたパーキンソン病ヒト剖検脳の複合体Iの24-kDaサブユニット量の低下がウェスタンブロットで認められたことから、複合体Iの24-kDaサブユニットをコードするNDUFV2の遺伝子構造を明らかにすることがテーマでした。この仕事は、大学院の半ばで完全には終えることなく、研究費の諸事情で順天堂大学に帰局することになりました。大学に帰局してからは縁あって慶應義塾大学分子生物学の清水信義先生の研究室に出入りさせていただき、この時Keio BACライブラリーの存在を知りました。100kbサイズの遺伝子断片がクローニングされたもので、PCRを数回するだけでターゲットとする遺伝子クローンを簡単にかつ短時間に単離・同定できるシステムです。この存在を知り、愕然としました。情報の重要性とスピードを、身をもって経験することができました。若年性パーキンソン病の原因遺伝子parkinの単離・同定(Nature 1998)は慶應義塾大学分子生物学教室との共同研究の成果であり、清水信義先生との出会いがなければ辿り着けなかったと思っています。次の目標は、parkinが単離されたので、機能解析です。Parkinのドメイン解析から蛋白分解系に関わることを推測し、東京都臨床医学総合研究所の田中啓二先生に相談に行き共同研究が始まりました。その結果、ユビキチンリガーゼであることが明らかにすることができました(Nat Genet 2000)。この蛋白分解系の関与の発見は、これはパーキンソン病のみならず神経難病に観察される封入体形成のメカニズムに繋がる知見を示しており、神経変性のメカニズムに新たな一石を投じることとなったと思っております。これらの成果が認められ2006年に神経学の第3代教授に就任しました。教授になるまで論文に苦労しましたが、能力の高い後輩たちや大学院生に恵まれhydroxy-2-nonenalとパーキンソン病(PNAS 1996)、遺伝子修復酵素とパーキンソン病(Ann Neurol 1999)と成果を示すことができました。自分で考えその成果を体験すると自信にも繋がりました。その後も、一貫して遺伝性パーキンソン病研究に重点を置き、2006年に家族性パーキンソン病の原因遺伝子でありレヴィ小体の主要構成成分であるα-シヌクレイン遺伝子のコピー数が1.5倍あるduplication家系を見出し、2015年にはミトコンドリア機能に関与している遺伝性パーキンソン病の原因遺伝子CHCHD2の単離・同定に成功し論文発表ができました(Lancet Neurol 2015)。更にリソソームの補因子であるプロサポシンのドメインDに変異を持つ遺伝性パーキンソン病の発見(Brain 2020)と世界でも類を見ない同一研究室が3つの原因遺伝子を見出すことに成功しました。一方、2014年より、AMED革新的先端研究開発支援事業(疾患における代謝産物の解析および代謝制御に基づく革新的医療基盤技術の創出)に採択され、「パーキンソン病の代謝産物バイオマーカー創出およびその分子標的機構に基づく創薬シーズ同定」を課題としてバイオマーカーの研究にも着手しました。順天堂大学には現在も5,000人規模のパーキンソン病患者さんが通院しており、豊富な臨床情報が成果を生む原動力になったことは言うまでもありません。ここで成果を上げ、遺伝性パーキンソン病の遺伝子研究とバイオマーカーに特化した研究を進めることになったのです。その後、パーキンソン病もまたα-シヌクレイン伝播によるプリオン病として捉えることが可能とのデータに基づき、同志社大学大学院脳科学研究科教授の貫名信行先生との共同研究を開始しました。この成果として先行論文の方法で上記の伝播モデルを再現できることを確認し、脳梁離断やシナプス伝達を抑制するボツリヌストキシンによるα-シヌクレインのPre-fibril form (PFF)の伝播抑制効果について明らかにしました(Acta Neuropathol Commun 2018)。このことから、少なくとも一部は神経解剖学的結合に沿って伝播することが示唆されました。パーキンソン病は脳の病気ですが、全身にα-シヌクレインシードの沈着を認めることから、神経ネットワークのみではこの伝播を説明できないと考え、血中のα-シヌクレインシードの存在を考え免疫沈降法を加えた異常α-シヌクレインシードを増幅する方法を考案することに成功しました(図)(Nat Med 2023)。この発見で、α-シヌクレインが沈着する疾患であるシヌクレインノパチーであるパーキンソン病、レヴィ小体型認知症、多系統萎縮症を血液検査で鑑別できる可能性を見出しましたし、疾患異常α-シヌクレインシードをターゲットにした治療開発に着手しました。詳細は論文を参照していただければと思います。教授に就任して19年目を迎えた年に時実利彦記念賞を受賞できたことは大変嬉しく思います。同時に多くの共同研究者や大学院生が昼夜を問わず議論して、「全てはパーキンソン病患者のために」という合言葉で研究してきた成果だと思っております。まだこの病気は、対症療法のみですが、やっと進行阻止可能な治療開発に光が見えてきました。この受賞を糧にさらなる努力を積み重ねていく所存です。最後に、これまでの研究を一緒に進め、支えてくれた研究室のスタッフ、大学院生、技術員、多くの共同研究の先生方に感謝を申し上げます。
服部 信孝
順天堂大学医学部脳神経内科
略歴
1985年 順天堂大学医学部卒業
1990年 名古屋大学医学部生化学第二国内留学〜平成5年8月
(生化学2小澤高将教授)
1994年 順天堂大学医学部大学院医学研究科卒業 医学博士の学位授与
1999年 順天堂大学医学部神経学講座臨床講師
2000年 順天堂大学医学部老人性疾患病態治療研究センター専任講師
2003年 順天堂大学老研センター・神経学教室助教授
2006年 順天堂大学大学院医学研究科神経学主任教授(本務)・医学部神経学講座教授、老研センター副センター長
2019年 順天堂大学医学部長・大学院医学研究科長
2020年 理化学研究所脳神経科学研究センター神経変性疾患連携研究チーム・チームリーダー(兼務)現在に至る.
2024年 順天堂大学学長補佐
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