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2020年度塚原仲晃記念賞受賞者 松崎 政紀 先生

「光計測・操作法の開発と運動学習回路の研究」

 このたびは、塚原仲晃記念賞受賞の栄誉を賜り、誠に光栄に存じます。決意を新たに一層努めてまいる所存です。これまで実験系をゼロから立ち上げ、あるいは難度の高い実験や解析、サポートを行っていただいたラボメンバーの皆様全員に深く感謝申し上げます。そしてラボ外から共同研究していただいた先生方、またさまざまにアドバイスやサポートをいただきました先生方に深くお礼申し上げます。特にマーモセットの研究では、多くの方々と施設の皆様のご協力をいただいております。心よりお礼申し上げます。
 私は大学院生と助教であった期間は、2光子顕微鏡を構築しながらシナプス可塑性の研究を行いました。その中で、シナプス可塑性が実際に働く場である個体の脳での、特に行動中での大脳皮質神経細胞活動を研究対象としたいと考えるようになりました。そこで、2光子顕微鏡を用いて、マウス大脳皮質運動野のカルシウムイメージングの研究を始めました。脳は明確な細胞構築(層構造や領野間投射パターンなど)を持つことに注目し、運動学習においても層間によって運動情報表現の変化は異なるだろうと考えました。そこで、一次運動野(M1)の2/3層と5層の神経細胞活動を前肢レバー引き運動学習中にイメージングし、M1の2/3層と5層では運動情報表現の変化が異なること、特に5a層の線条体投射細胞が漸増的に運動情報を表現するようになることを見出しました。次に、運動学習に強く関与する線条体と小脳が最終的にどのような信号をM1へ伝達するのかを調べました。大脳基底核はその出力を視床を介して1層へ、小脳は視床を介して3層へ投射する解剖学的知見に基づき、それぞれの層に投射する視床軸索を2光子カルシウムイメージングしました。そして、運動学習中に、1層投射軸索はシークエンス構造を持つ集団活動を示し、キネマティクス情報を表現するようになること、3層投射軸索は運動開始時に強い活動を示し運動の成功率の情報を表現するようになることを見出しました。
 これらの実験や解析を実現するためには、頭部固定マウスの前肢運動課題、5層深部イメージング法、運動野の基本特性を解明するための光遺伝学マッピング法、カルシウムイメージングデータからのデコーディング法などを開発することが必須でした。さらに大脳皮質全層カルシウムイメージング法や6 mm離れた領域の連続イメージング法なども開発して、より広く、より深く、かつ質の高いデータを得ることができるようになりました。大脳基底核と小脳から視床を介して大脳皮質へ伝達される運動情報や意思決定情報がどのように統合され、適切な行動に結びつくのかを明らかにしていきたいと考えています。
 また、基礎生物学研究所に在籍中に、小型霊長類コモンマーモセットの研究を行う機会をいただきました。マウス実験で培われた経験と共同研究者の粘りと創意工夫によって、当初は他のサルを含めて難しいとされたカルシウムイメージングや光遺伝学法による運動誘発、そしてイメージングが可能なマーモセット行動実験の確立を行うことができました。マーモセットの実験ができるようになると、イメージングして得られるすべての現象が新しい発見に思われ、新しい分野を開拓しているという楽しさ(と苦しさ)を日々感じています。研究を進めることでこの機会をいただいたご恩を少しでも還元できればと考えています。
 今後は、マウスとマーモセットでの、視床を介した前頭皮質―大脳基底核・小脳の回路機能と情報表現の普遍的メカニズムを調べるとともに、霊長類特有の行動や認知が、どのような前頭葉―側頭葉・頭頂葉の回路によって担われているのかを明らかにしたいと考えています。
図:マウス前肢レバー引き学習後期での、運動野1層投射視床軸索のあるひとつのシナプス前終末のレバー引き試行ごとでの活動を疑似カラーコードしたもの。黒点線がレバー引き開始時、矢頭は水報酬時、白点はレバー戻し時を表す。

松崎 政紀 (東京大学大学院医学系研究科)
略歴
2001年 東京大学大学院医学系研究科にて博士号(医学)取得
2002年 岡崎国立共同研究機構 生理学研究所 助教
2005年 東京大学大学院医学系研究科 助教
2008年 同上 准教授
2010年 自然科学研究機構 基礎生物学研究所 教授
2016年 東京大学大学院医学系研究科 教授
2018年 理化学研究所CBSチームリーダー(併任)
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