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2020年度塚原仲晃記念賞受賞者 古川 浩康 先生

NMDA受容体の機能・構造の解明

分子神経科学を異分野である構造生物学の観点から解明を試みる我々の一連の研究を、塚原賞という大変名誉ある賞を通して認識して頂けた事を大変光栄に思います。まず、今回受賞の対象となったNMDA受容体の機能・構造解析に関する成果は古川研究室の産物であり私個人の業績ではありません。この場をお借りして、古川研究室に携わった全てのメンバーと、コールドスプリングハーバー研究所という素晴らしい研究環境に感謝致します。
ヒトの脳に存在する数千億の神経細胞は、シナプスを介して機能的回路を形成しています。グルタミン酸により作動する興奮性シナプスは、神経回路において最も多く分布している基本的機能要素のひとつであり、その伝達効率の可塑的変化は、記憶・学習などの脳機能を司る基盤とされています。グルタミン酸受容体の活性化は、シナプス電流の形成に加え、カルシウム流入により引き起こされる細胞内シグナル伝達を誘導し、神経可塑性を制御します。なかでも、イオンチャネル型グルタミン酸受容体であるN-methyl-D-aspartate (NMDA)受容体は、様々な種類の記憶を制御する鍵となる分子であることが薬理学的・遺伝子学的研究により古くから知られています。NMDA受容体はグルタミン酸(またはNMDA)・グリシン(またはDセリン)の結合及び膜の脱分極によって活性化し、陽イオン(ナトリウム・カルシウム・カリウム)を透過します。NMDA受容体の異常活性及び変異体はアルツハイマー病、統合失調症、癲癇など様々な神経疾患と障害に関わる事がわかっています。よって、NMDA受容体は、基礎科学の観点からだけでなく、神経疾患の観点からも長年注目されており、NMDA受容体の分子レベルでの機能・構造解析は長年の悲願でした。NMDA受容体はGluN1 とGluN2の2種類の膜タンパク質により形成されるヘテロ四量体であり、構造解析は技術的に非常に難しいとみなされていました。
我々は、NMDA受容体タンパク質の効果的な生産方法を開発し、世界初の3次元高分解能X線結晶構造解析像を報告しました。NMDA受容体のGluN1とGluN2のサブユニットが2つずつ交互に配置する四量体形成様式と、細胞外ドメインへのグリシンとグルタミン酸の結合情報が膜貫通部位にあるイオンチャネルの開閉に受容体のどの部位を通して通達されるのかを解明しました。また、グルタミン酸、グリシン、更にNMDA受容体に作用する競合的阻害剤、非競合的阻害剤の結合の正確なメカニズムを解明しました。更に、細胞内シグナリングに重要なカルシウムイオンがNMDA受容体のイオンチャンネルの入り口に優先的に結合することにより、カルシウム透過効率を高めている事を示しました。近年、クライオ電顕・単粒子解析により、異なる機能状態(活性化状態・競合的阻害状態・非競合的阻害状態)でのNMDA受容体の構造を得ることに成功し、細胞外の神経伝達物質の結合により伴うイオンチャンネルの開閉、阻害、脱感作に関わるメカニズムを分子構造の変化としてとらえることに成功しました。これらの分子情報は、基礎研究・新規治療薬の開発などにアカデミア・企業を問わず現在幅広く活用されています。この一連の研究を元に、今後古川研究室では、抗体をベースとしたサブタイプ特異的な阻害剤・増強剤の作成、抗NMDA受容体自己免疫疾患に関わるヒトの抗体の結合部位と機能的効果、治療法の開発を構造解析学的・電気生理学的手法を用い、取り組みたいと考えています。
(A) NMDA受容体はGluN1とGluN2のヘテロ4量体からなる。イオンチャンネルはTMD領域に存在する。
(B) ATDにはアロステリック化合物が結合し機能を制御する。
(C) LBDにグルタミン酸とグリシンが結合し、構造変化を起こすことによりTMDのチャンネルが開閉する。
現在の研究者としての自分があるのは多くの方々のご指導、ご協力あっての事であります。大学院及びポスドク時代の指導教官である芳賀達也教授とEric Gouaux教授には研究の基礎を教えて頂きました。アメリカに研究の拠点を移して長い年月が経ちますが、私自身の研究者としてのルーツはやはり日本、すなわち大学院時代に所属した東京大学医学部旧脳科学研究所という環境にあり、多大な影響を受けました。隣の高橋研究室に所属し、既に分子神経科学の分野をリードされていた林康則先生(現、京都大学教授)からは特に大きな刺激を受けました。林先生はその後コールドスプリングハーバー研究所のMalinow研究室に留学され、神経可塑性の可視化という世紀の研究成果を出されるわけですが、この事は私自身が後に、コールドスプリングハーバー研究所でラボを構える決意をした大きな理由の一つになりました。更に、脳研究セミナーと呼ばれた合同セミナーで、世界の最先端を走っていた廣川研究室や三品研究室などの研究内容に触れ、強烈なインパクトを受けた事は、今回の受賞テーマであるNMDA受容体の機能構造解析を追及するに至った理由と直結しています。脳科学研究所という刺激的な環境は将来自分が研究者として携わるべきテーマについて考えさせてくれました。コロナ渦で人との繋がりを感じづらい世の中ではありますが、研究室という単位を超えた環境の在り方、研究者同士の交流そのものが、学生や若い研究者の方々の研究人生に大きな原動力を与える事を自分の経験に基づき再確認したいと考えます。
 

古川 浩康 (コールドスプリングハーバー研究所)
経歴
2001年 東京大学大学院理学研究科にて博士号(理学)取得
2001年 コロンビア大学 ポスドク
2005年 ボラム研究所 ポスドク
2006年 コールドスプリングハーバー研究所 アシスタントプロフェッサー
2011年 コールドスプリングハーバー研究所 アソシエイトプロフェッサー
2017年コールドスプリングハーバー研究所 教授(現職)
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