温度は、常に存在している環境情報で、なくすことはできません。細胞内外の生化学的反応のほとんどに影響を与えるため、環境温度の変化は、生命活動の維持や繁殖に重大な影響をもたらします。動物も植物も、私たちが研究している体長約1mmの線虫Caenorhabditis elegansを含めて、季節や毎日変動する温度に適切に応答しています。私は、温度の変化に適切に応答するために、体の中でどのようなメカニズムが働いているかを知るために研究をしています。
研究に初めて触れた学部4年生のとき、「刺激や環境変化への反応を個体として見たい」と考えて、線虫の温度走性を研究していた森郁恵先生の研究室を選びました。線虫C. elegansが飼育温度をおぼえて、同心円状の温度勾配上で好みの温度帯を探して円を描きながら移動した軌跡はとても正確で美しく、シンプルで小さな線虫が見せてくれるその軌跡を作り上げている神経系の凄さを知りました。当時は、線虫の全ゲノムが解読されたわずか2-3年後で、もちろん次世代シーケンサーもなく、修士課程までの間に温度走性の変異体の原因遺伝子をひとつ突き止めるだけで精一杯でした。その後、しばらくは研究から離れていましたが、ご縁があって、藤田医大の吉川哲史先生、名古屋大の西山幸廣先生のもとでヘルペスウイルスの研究をとおして細胞生物学に触れることになり、ふたたび研究の道に戻ることになりました。
2011年に甲南大久原研究室は立ち上げられ、初めて配属された5人の4回生と、久原講師(当時)とともに線虫C. elegansの低温耐性の研究が始まりました。当時、涼しい温度(15°C)で育った線虫は2℃でも生存できるのに対して、暖かい温度(25℃)で育った線虫は2℃では死んでしまうことはわかっていました。その後、毎年3−5人くらいの4回生を迎えながら、大学院生となった先輩学生とともに、様々な実験をしてきました。その結果、物質や光などを感じることで知られていたニューロンが、実は低温耐性に必要な温度を感じるニューロンであることを見つけました。また、低温耐性には神経系の他に腸や精子、筋肉なども関わっていることが徐々にわかってきました。そして最近、数時間で新たな温度になれるための神経回路と、その神経回路が腸の脂肪量を調節することで低温に強くなったり弱くなったりすることがわかってきました。このように、低温耐性の仕組みを研究することで、神経系がからだの様々な組織をどのように制御しているかを知ることができます。実験では、線虫の神経細胞や遺伝子に直接問いかけることができます。すると、ときどき思いがけないことを教えてくれることがあり、そこが研究のもっとも面白いところです。それを教えてくれる線虫には本当に感謝しています。
低温耐性を始める前も、始めてからも、思ったように実験が進まないことがほとんどでしたが、研究をすすめたいというメンバーひとりひとりに向き合うことで、研究を楽しく続けられました。そして、この度の受賞はこれまで研究室で一緒に実験をしてきた研究室メンバーの皆さんのおかげです。とくに、温度になれる神経回路の解析を一緒にすすめてくれた博士課程の本村晴佳さん、久原篤教授には心より感謝いたします。最後に、この度の神経科学学会奨励賞の選考に携わってくださった選考委員の皆様、神経科学学会事務局の皆様に心より御礼申し上げます。
受賞研究内容に関する総説(Neuroscience Research掲載)
Ohta, A., 2023. Temperature acclimation: Temperature shift induces system conversion to cold tolerance in C. elegans. Neurosci. Res. 194, 1-6
2001年 | 名古屋大学理学部 卒業 |
2003年 | 名古屋大学大学院理学研究科 生命理学専攻 博士課程(前期) 修了 |
2005年 | 藤田保健衛生大 21世紀COE研究員 |
2009年 | 日本学術振興会 特別研究員(DC2) |
2011年 | 名古屋大学大学院医学系研究科 分子総合医学専攻 医学博士課程 修了 |
2011年 | 甲南大学理工学部生物学科 科研研究員 非常勤講師 |
2013年 | 日本学術振興会 特別研究員(RPD, PD, RPD) |
2022年 | 甲南大学理工学部生物学科 研究特任講師 |