2023年度 日本神経科学学会奨励賞受賞者　長谷川 恵美 先生

睡眠・覚醒制御機構に関する神経回路と作用機序の探索研究

この度は、日本神経科学学会奨励賞を頂き、誠に光栄に思います。実験を始めた頃は、多くの方にご迷惑をおかけしておりましたが、優しく、時に厳しく丁寧に指導して頂いたおかげで日本神経科学学会奨励賞を受賞するまでに成長しました。これまで温かく見守って頂いた皆様に心から感謝申し上げます。また、選考委員ならびに学会関係の先生には心より御礼申し上げます。

私は、高校時代に有機化学が得意で興味を持ち、学部では化学を専攻しました。化学を大学で学ぶうち、机上で成功していた化学反応が実際に実験で試してみると全くうまくいかないことを知り、完璧な化学反応を行って生命を維持している私たちの身体活動を明らかにしたいと考え、修士課程から医学系研究科に進みました。特に、生命現象の中でも最も身近でありながら分からないことが多い睡眠について、睡眠・覚醒制御に重要な働きをする神経ペプチド・オレキシンを発見した櫻井武教授の下、修士課程からこれまでの約13年間、オレキシン制御下における睡眠・覚醒制御機構の研究を行なってきました。

睡眠という行動は、脳波と筋電を測定して、覚醒・ノンレム睡眠・レム睡眠を判定します。脳波は、脳内のニューロンによる神経活動の総和を観察しているため神経活動に応じて変化します。特定のニューロンの神経活動を操作するためのAAVウイルスの作成と脳局所注入を行い、光遺伝学的手法や薬理遺伝学的手法を用いて、人為的に操作し、睡眠や覚醒に関わっている神経ネットワークを同定していきます。また、リアルタイムに脳内の神経活動や神経伝達物質の挙動が観察できるファイバーフォトメトリー法や、単一ニューロンの電気的特性が観察できる電気生理学的手法、細胞内の遺伝子発現変化を観察する単一細胞RNA-seq法を用いて、睡眠覚醒制御に関わっている神経機構の網羅的解析に取り組んでいます。

オレキシンがなくなると、睡眠障害・ナルコレプシーを発症するとともに、極めて異常な睡眠・覚醒パターン示すことがマウスおよびヒトの臨床研究から示されており、オレキシンが睡眠・覚醒の各ステージの適切な制御・維持に必要です。しかしながら、オレキシンとその下流ニューロンが構成する神経回路が、どのように働き、睡眠・覚醒状態を制御しているかは十分に理解されていませんでした。そこで、睡眠・覚醒状態がモノアミン系神経の活動に強く影響を受けることに着目し、それらの神経核群におけるオレキシンの作用機序を神経科学的に精査することで、博士課程時代に、睡眠障害・ナルコレプシーの抑制に関わる神経回路を明らかにしました（Hasegawa et al., J Clin Invest 2014）。さらに、同定したニューロンは、複数の脳領域に軸索を送っているため、光遺伝学的手法を新たに取り入れることで、カタプレキシー症状を改善する特定の神経経路を同定することに成功しました（Hasegawa et al., PNAS 2017）。2016年に筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構（IIIS）に異動し、これまでのナルコレプシー研究を継続しました。IIISの素晴らしい研究環境の後押しもあり、これまでほとんど分かっていなかった正常睡眠時におけるレム睡眠ゲーティング機構を世界で初めて見出すと共に、同じ回路がカタプレキシー発作にも使われていることを明らかにしました（Hasegawa et al., Science 2022）。

これまでの一貫して行ってきたオレキシンを中心とした研究が、今回の受賞に至るまでに飛躍できたのは、自由にのびのびと研究する機会を与えて下さったたくさんの先生方と、苦楽を共にした多くの仲間や家族の支えがあったからです。皆様にこの場をお借りして感謝申し上げます。私は、2023年1月より京都大学大学院薬学研究科に所属し、これまで培ってきた経験を活かし、新たな睡眠研究をスタートさせました。今後は、神経科学の研究に邁進するとともに、次世代を切り開く人材育成にも貢献していきたいと考えております。今後とも、日本神経科学学会の皆様からの変わらぬご指導ご鞭撻をお願い申し上げます。

受賞研究内容に関する総説（Neuroscience Research掲載）
Hasegawa, E., 2024. Regulation of REM sleep in mice: The role of dopamine and serotonin function in the basolateral amygdala. Neurosci. Res. 200, 28-33