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2023年度 日本神経科学学会奨励賞受賞者 天羽 龍之介 先生

ドーパミンの活動から理解する脳と機械学習に共通する仕組み

ハーバード大学 分子細胞生物学部
天羽 龍之介

この度は、日本神経科学学会奨励賞を頂き、大変光栄に感じております。選考委員の先生方ならびに学会関係者の皆様に深くお礼を申し上げます。

私が神経科学の世界に入るきっかけは偶然でした。当時、私はゼブラフィッシュをモデルとした発生学の美しさに惹かれており、大学院での受け入れ先を探していました。そこで大規模に神経発生の変異体の解析を進めていた理化学研究所の岡本仁先生に受け入れていただき研究生活を始めました。ちょうどこの頃、研究室がシステム神経科学へと舵をきっている最中で、流れに任せるまま一年ほどして神経科学の研究に飛び込んでいました。右も左もわからない中、相澤秀紀先生(現・広島大学)の助けを得てなんとか研究を始めました。当時、間脳背側に位置する外側手綱核がドーパミンの制御に重要な役割を持つことが示唆され、その機能の議論が活発になっていました。この小さな神経核の機能を解明するには遺伝学的な操作が有効と考え、遺伝学的操作性に優れたゼブラフィッシュにおける外側手綱核を同定し、様々な遺伝子組み換えゼブラフィッシュを作成しました。この系を用いて、外側手綱核が罰の予測情報をセロトニン神経へと伝えることで適切な回避行動を可能としていることを明らかにしました。私はこの適切な行動を導く『予測』という生物の生存に関わる課題を脳がどのようになし得ているのかという点に興味を持ち、哺乳類のドーパミン神経細胞における情報表現や計算について、遺伝子工学的手法を取り入れながら解析していたハーバード大学の内田直滋先生・内田−渡部光子先生の研究室に参加しました。

機械学習の一つの分野である強化学習では、しばしば報酬の予測と実際に得られた報酬の違い『予測誤差』を利用し、誤差がなくなるように予測を更新することで適切な予測及び行動を実現します。機械学習と類似してドーパミン神経細胞はこの予測誤差を様々な脳領域へと伝えることで、予測とそれに基づく最適な行動の学習を制御すると考えられてきました。では、ドーパミン神経細胞における予測誤差シグナルはどのようなアルゴリズムで生成されているのでしょうか。実際の脳で使われるアルゴリズムを理解することで、理論に基づき我々の学習や行動選択について様々な予測を立てることができます。同様にドーパミンの異常が関与する病態(依存症や鬱病など)やその治療方法についても予測ができる可能性があります。ドーパミン神経細胞は予測誤差においては、これまでTemporal Difference(TD)学習というアルゴリズムが有力視されてきました。しかし、理論から予測される特徴的なシグナルの挙動−報酬の合図と報酬の関係を学習するようなときに学習に従って予測誤差シグナルが報酬から合図のタイミングへと徐々に早期へとシフトしていく−が生体では観察されていないことが長年の問題となっていました。これまでの研究から問題点を炙り出し注意深く観察したところ、理論で予測された時間的に後方にシフトしていく活動パターンがドーパミン神経細胞、軸索末端、ドーパミンの放出全てのシグナルで認められました。この発見より、25年間探し求められていた神経科学と機械学習の溝を埋め、ドーパミンにおける予測誤差シグナルがTD学習のアルゴリズムに則っていることを改めて証明する事ができました。

この時間的シフトのシグナルはとても明確で、計測をしている際にモニターの波形を見ながら興奮したことを覚えています。また、COVID-19によるロックダウン中に子供部屋に間借りしてこの解析を行ったことも思い出深い研究です。ドーパミン神経における主要な計算アルゴリズムを明らかにできたため、現在はドーパミンにつながる神経回路が予測誤差を生成する機構を明らかにするべく研究を進めています。偶然入り込んだ神経科学の世界ですが、多様な分野を抱え込む魅力に引き込まれてあっというまに時間が過ぎていきました。学習と意思決定を支える神経基盤について理解を深めることで、科学の蓄積に少しでも貢献できるよう精進していきたいと思います。

これまで多くの方の支えのお陰で研究を続けることができました。研究の基本と楽しさを教えていただいた東中川徹先生(現・早稲田大学名誉教授)と蔣池勇太先生(現・東京女子医科大学)、神経科学の研究へと導いて頂いた岡本仁先生と相澤秀紀先生、論理的な思考と真摯な研究への姿勢を学ばせて頂いた内田−渡部光子先生と内田直滋先生には改めて深くお礼を申し上げます。共同研究者の皆様や様々なサポートをして頂いたこれまでの同僚、研究仲間の皆様にも感謝を申し上げます。また、いつも温かく見守ってくれいている家族にもとても感謝しています。

受賞研究内容に関する総説(Neuroscience Research掲載)
Amo, R., 2024. Prediction error in dopamine neurons during associative learning. Neurosci. Res. 199, 12-20

略歴
2007年 早稲田大学 教育学部 理学科生物学専修卒業
2009年 早稲田大学 先進理工学研究科 生命理工学専攻 修士課程修了
2012年 早稲田大学 先進理工学研究科 生命医科学専攻 博士課程修了
2012年 理化学研究所 脳科学総合研究センター 研究員、基礎科学特別研究員
2015年 ハーバード大学 分子細胞生物学部 博士研究員
2020年  ハーバード大学 分子細胞生物学部 Research Associate
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