[会員へのお知らせ] 学会からのお知らせ

2022年度 日本神経科学学会奨励賞受賞者 柳下 祥 先生

ドーパミンによるスパイン形態可塑性と汎化弁別学習の制御

東京大学大学院 医学系研究科 構造生理学部門
柳下 祥
 この度は名誉ある賞を賜り大変光栄に存じます。選考委員ならびに学会関係の先生方には心より御礼申し上げます。これまで多くの面で支えてくださった先生方、共同研究者の方々にこの場をお借りして深く感謝申し上げます。
 私はこれまでドーパミンがシナプス可塑性と学習を制御する機序について研究を行ってまいりました。学習や記憶の研究には高校生時に興味を持ち、神経科学研究の盛んな東京大学医学部に入学しました。その後、未解明な点が多い精神疾患の研究にも関心を持ちました。特に死後脳において統合失調症の方の前頭葉スパイン密度が低下しているという知見や、実習や初期研修中の臨床現場においてドーパミンD2受容体の阻害作用を持つ抗精神病薬が確かに統合失調症の陽性症状に有効であることが印象深く残りました。しかし、受容体にドーパミンが結合するかしないかで精神機能を説明しようとする教科書の記述に納得がいかずにいました。そうした中、2光子励起顕微鏡を駆使して単一スパインの形態可塑性を発見された東京大学の河西春郎先生の研究について知り、若手向けのセミナーに参加したところ、偶然OISTの銅谷賢治先生による強化学習やドーパミンについてのセミナーも聴講する機会に恵まれました。そして、もし海馬や新皮質でスパインが記憶素子であるならば、ドーパミンの投射先である線条体・側坐核のスパインが強化学習にも関わるだろうというナイーブな着想を得ました。
 そこで河西先生の主宰される東京大学の構造生理学教室に博士課程学生として入学し研究を開始しました。D1受容体を発現する有棘投射神経細胞(D1細胞)を調べると海馬とは異なりグルタミン酸刺激だけではスパイン増大は生じませんでしたが、ドーパミンを灌流投与すると頭部増大が見られました。しかし、これは非生理的で、生体では0.3秒程一過性にドーパミン発火が増加するだけです。そこで光遺伝学で一過性ドーパミン信号を再現したところ、確かにスパイン増大が見られました。驚いたことに、このドーパミン作用はグルタミン酸刺激の直後(0.3〜2秒)に限られました。当初、この時間枠の意味理解に苦慮しましたが、大学院の授業にたまたま来られていた京都大学の石井信先生に相談したところ強化学習におけるeligibility traceであることを教えていただきました (Yagishita et al, 2014; Yamaguchi, Maeda et al., 2022)。ではD2受容体はどうかと調べていくと、ある程度予想されていたようにドーパミン一過性低下を検出していることがわかりました。そこでこの学習における役割を探索したところ、当初の予想とは異なり消去のような単純な罰学習ではなく、報酬が期待される中で間違った予測を訂正していく過程に必要であることがわかりました。この頃には実は初心を忘れかけていたのですが、ヒトにおいても統合失調症様の陽性症状を惹起することがある覚醒剤を少量投与するとこの予測の訂正ができなくなるが、D2受容体の阻害薬で回復することがわかり、思いがけず統合失調症の陽性症状の機序理解への緒を得ました(Iino, Sawada, Yamaguchi et al., 2020)。このような症状との対応には笠井清登先生をはじめ東京大学精神科の先生方との議論が不可欠でした。
 このように多くの共同研究者の方々に大変お世話になりながら研究を進めていくことができました。とりわけ河西春郎先生のご指導の下、手探りで研究を続けていくと思いがけないようなことが稀に起きるということ体感として学ぶことができ大変感謝しております。今後もシナプスと学習行動の研究を深めながらさらに疾患研究への展開を目指していきたいと思います。

受賞研究内容に関する総説(Neuroscience Research掲載)
Yagishita, S., 2023. Cellular bases for reward-related dopamine actions. Neurosci. Res. 188, 1-9
 
略歴
2008年3月 東京大学医学部卒業
2010年4月 東京大学大学院医学系研究科 機能生物学専攻 博士課程 入学
2013年3月 同 中途退学
2013年4月 東京大学大学院 医学系研究科 構造生理学部門 特任助教
2016年4月 同 助教
2016年9月 東京大学 博士(医学)
2018年5月 東京大学大学院 医学系研究科 構造生理学部門 講師
PAGE TOP