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2022年度 日本神経科学学会奨励賞受賞者 後藤 明弘 先生

記憶固定化におけるシナプス可塑性の時間枠を検出する新規光学技術

京都大学大学院医学研究科 システム神経薬理
後藤 明弘
 このたびは、日本神経科学学会奨励賞を賜り、大変光栄に感じております。審査にあたられた先生方並びに関係者の皆様方に、厚く御礼申し上げます。
 私は大学院時代、松田道行先生、中村岳史先生のご指導のもと、神経細胞のイメージングに取り組んでいました。また、大阪バイオサイエンス研究所の中西重忠先生の研究室にも参加させていただき、船曳和夫先生と内視顕微鏡を用いた共同研究をさせていただきました。そうした神経科学の研究生活の中で、次第に「記憶」という現象を深く掘り下げたいと思うようになり、博士取得後、イメージングを中心に記憶やシナプス可塑性の研究に取り組んでいた林康紀先生の研究室に参加させていただくことになりました。
 シナプス可塑性は記憶の細胞レベルの現象ですが、その現象の1つに、神経細胞上のスパインと呼ばれる1ミクロンほどのキノコ状の構造が拡大することが知られています。林研では特にcofilinという分子がスパインの拡大に重要であるという知見を得ていました。そこで私が最初に取り組んだのは、シナプス可塑性におけるcofilinの機能をさらに詳細に解析することでした。そのために光でcofilinを不活化するCALIという技術を用いました。スパインの拡大後30分以内に光を照射してcofilinを不活化すると、拡大したスパインが縮小しました。つまり、cofilinの機能はシナプス可塑性の誘導から30分以内で重要であることがわかりました。
 次に、光操作の利点を生かして何かもっと面白いことができないかと考えました。そこで、シナプス可塑性が起きていないスパインには光による影響がなかったことに着目しました。つまり、シナプス可塑性を特異的に解除するためには、シナプス可塑性が起きたスパインのみに光を当てる必要はなく、より広い脳領域に光照射した場合でも、照射領域のシナプス可塑性を特異的に解除できると考えたのです。そこで短期記憶に重要な海馬に光を照射してcofilinを不活化してみると、予想通り、学習後20分以内で記憶を特異的に消去することができました。これは裏を返せば、光を当てて記憶が消去されれば、その光を照射した時間と領域でシナプス可塑性が起きていることを意味しています。ここから、学習中において脳のどの部位でいつシナプス可塑性が誘導されるかの解析が始まりました。睡眠中にのみ光を当てる系を導入することで、海馬と前帯状皮質で睡眠中にシナプス可塑性が起きていることを証明しました。またin vivo カルシウムイメージングによって、シナプス可塑性による細胞活性の変化を解明することができました。以上の研究の末、海馬と前帯状皮質で睡眠中にシナプス可塑性が誘導されることで記憶が固定化され始める細胞モデルを提唱することができました。一つの分子の機能解析から始まったプロジェクトがシナプス可塑性の時空間解析手法に広がり、賞をいただける成果になることは当初まったく予想していませんでした。現在はさらにこの手法を応用し、記憶に関わる幅広い脳領域におけるシナプス可塑性の時空間解析に取り組んでいます。
 最後になりましたが、これまでご指導くださった多くの先生方、本研究をご指導いただいた林康紀先生、多大なるサポートをいただいた研究室の皆様、SuperNovaを開発された大阪大学永井健治研究室の共同研究者の皆様、アドバイスをいただいた理化学研究所Thomas McHugh先生、睡眠中に光を照射する系の確立にご協力いただいた村山正宜研究室の共同研究者の方々にこの場を借りて感謝申し上げます。

受賞研究内容に関する総説(Neuroscience Research掲載)
Goto, A., 2022. Synaptic plasticity during systems memory consolidation. Neurosci. Res. 183, 1-6
略歴
2008年 京都大学総合人間学部卒業
2010年 日本学術振興会特別研究員(DC1)
2012年 大阪バイオサイエンス研究所共同研究員
2013年 京都大学大学院生命科学研究科博士課程修了
2013年 日本学術振興会特別研究員(PD)
2016年 京都大学医学系研究科システム神経薬理特定助教
2021年 京都大学医学系研究科システム神経薬理助教

後藤明弘(京都大学システム神経薬理)
撮影:林康紀教授
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