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2021年度 日本神経科学学会奨励賞受賞者 岩田 亮平 先生

脳の発達タイムスケールの動物種間での違いを作るメカニズムの解明に向けて

ルーヴァン・カトリック大学
岩田 亮平

この度は日本神経科学学会奨励賞をいただき大変光栄です。選考委員の先生方と学会関係者の方々に大変感謝いたします。これからの研究活動の励みとし、今後も賞の名に恥じないように研究活動に邁進し、神経科学分野の発展に貢献していきたい所存です。今回の受賞は、これまでにご指導ご鞭撻をいただいた先生方があってのことと思います、殊に学部時代にサイエンスの面白さを気づかせてくださった佐々木宣哉先生、大学院生活を通じて研究者としての指針を示してくださった岩里琢治先生と糸原重美先生、研究員活動の中で研究理念の大切さを伝えてくださったPierre Vanderhaeghen先生に衷心より感謝を申し上げます。

大学院では岩里琢治先生のご指導の下で、『神経細胞の「かたち」が、機能・回路・行動にどう影響をするのか?』という課題に取り組みました。発達期における神経細胞の形態制御遺伝子よる「かたち」の調節が、成熟後の神経細胞の形態・機能そして動物の行動にまで影響を与える事を明らかにしました (Cell Rep 2014; J Neurosci 2015)。この過程で『動物種間での脳・神経細胞の「かたち」の違い』について興味を持つようになりました。私は動物種間の比較をする上で適切な実験モデルが必要であると考え、多能性幹細胞を用いた大脳皮質神経細胞の分化誘導モデルに興味を持ちました (Gaspard et al Nature 2008; Espuny-Camacho et al Neuron 2013)。2015年よりこれらの論文を発表していたPierre Vanderhaeghen先生に研究員として受け入れてもらい、受賞対象となった研究を始めました。

神経発生・発達に関わる大まかなプログラムは動物間で保存されているが、ヒト脳の発生・発達のタイムスケールは他の動物に比べて著しく長く、特に大脳皮質神経が顕著で、この事がヒト特異的な神経細胞・回路の「かたち」作りに貢献していると考えられています。私はヒト脳の特徴である(課題1)「大脳皮質神経細胞の数の増加」につながる神経前駆細胞の運命決定のメカニズム解明と、(課題2)「神経細胞の複雑な回路形成」につながる神経細胞の発達期間の延長メカニズム解明に向けた研究手法の開発に取り組みました。

(課題1)幹細胞の分化において代謝活動が細胞の運命決定に影響を与える事、動物種間で代謝のレベルに大きな違いがある事から、私は「神経前駆細胞の運命決定においても代謝が関与しており、この過程に動物種間で違いがある」という仮説を立ました。この仮説検証の為、細胞代謝活動の中枢機関であるミトコンドリアに着目し、神経前駆細胞とその娘細胞でのミトコンドリアの動態と運命決定との因果関係を調べました。その結果、神経前駆細胞の分裂直後のミトコンドリアの動態と機能がクロマチンの状態の制御を通じて娘細胞の運命決定を行う事、このミトコンドリア依存的運命決定の期間がヒトではマウスの二倍にまで延長している事を明らかにしました (Science 2020)。

(課題2)所属する研究室では、幹細胞由来のヒト神経細胞のマウス脳内への移植により、移植細胞がヒト大脳皮質神経細胞の解剖学的特徴を保持することを報告していました。しかし既存方法では、マウス脳内のヒト神経細胞の発達の程度が細胞間において不均一で『発達期間の延長メカニズム解明』のモデルには向きませんでした。そこで私は、誕生日の近いヒト未熟神経細胞を特異的にマウス大脳皮質内に取り込む方法を開発しました 。共同筆頭著者であるLinaro Danieleが電気生理解析を、Vermaercke Benがin vivoイメージング解析を担当し、移植ヒト神経細胞が幼若期の特徴を長期間保持して長いタイムスケールで発達する事と、マウス神経回路に機能的に組み込まれる事を別々のアプローチで証明しました (Neuron 2019)。

現在は受賞研究内容の成果を下敷きにして、『発達期における代謝活動の違いが発達タイムスケールの種間差を引き起こし、ひいては脳・神経細胞の「かたち」の動物種間での違いを生み出しているでは?』という仮説を立てて研究を行なっております。これにより昨今の生物学の未解決問題である『ヒトの脳の進化』と『発達タイムスケールの動物種間での違い』のメカニズム解明を目指しております。

最後になりますが、私のこれまでの研究生活を一貫して陰になり日向になり支えてくれていた家族に心から感謝します。また共に切磋琢磨してきた同僚、円滑な研究活動をサポートしてくださったスタッフの方々にこの場をお借りして御礼申し上げます。

受賞研究内容に関する総説(Neuroscience Research掲載)
Iwata, R., 2022. Temporal differences of neurodevelopment processes between species. Neurosci. Res. 177, 8-15

略歴
2010年 北海道大学獣医学部 卒業
2014年 総合研究大学院大学 遺伝学専攻 終了
2014年 国立遺伝学研究所 博士研究員
2015年 Université Libre de Bruxelles(ベルギー) 博士研究員
2018年 VIB-KU Leuven(ベルギー) 博士研究員

岩田 亮平(ルーヴァン・カトリック大学)
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