[会員へのお知らせ] 学会からのお知らせ

個体脳の情報処理を細胞生理学的現象として理解する

モナシュ大学 バイオメディシン・デスカバリー研究所 / 科学技術振興機構 さきがけ研究員
佐藤 達雄
 

この度はこのような名誉ある賞を頂き、大変光栄に存じます。これまでご指導を頂いた先生方、共同研究者の先生方、及び選考委員の先生方に感謝申し上げます。

私が研究に興味を持ったきっかけは、京都大学医学部3回生の時に受けた生理学実習です。シナプス小胞放出・単一イオンチャネルの開閉などノーベル賞に至った歴史的実験を自らの手で行うものです。ガラス電極を大量に折りながら、ようやくたどり着くことのできる単純で美しい細胞生理学の現象に圧倒されました。自由な校風をよいことに大学に寄り付かない学生だったのですが、その後は生理学教室(大森治紀教授・当時)の石井孝弘先生にご指導頂き細胞の電気生理学の基礎を学びました。一方で、脳の高次機能に興味を持ち始め、京都府立医科大学におられた木村實教授(当時)の研究室に押しかけて、個体脳をそのまま扱うサルのシステム神経科学を学ばせて頂きました。学部生なりに文献を読むにつれ、単一細胞で起きている美しい細胞生理学現象と、生きた脳が織りなす複雑かつ精巧な高次機能には大きな断絶があることが分かり、自分なりに解決していきたいと考えるようになりました。

大学院では大森先生の指導の下、ニワトリの脳幹にてシステム神経科学と細胞生理学を両方行うことで二分野を繋ぐことを目指しました。しかし、二分野の手法を別個に使うと、二分野をゆるく線で繋ぐことはできても、円で囲むような包括的な理解にはなかなか至りません。個体脳の単一細胞から膜電位記録をしなければと考えるようになりました。

より包括的に二分野を繋げたいと思い、視覚システム神経科学者であるMatteo Carandini教授と細胞生理学者であるMichael Häusser教授の指導を受け、ポスドク研究をロンドン大学で始めました。自由な研究環境にて、問いの設定・実験系の構築も自分で取り組み、大脳皮質の長距離結合に焦点を当てることにしました。大脳皮質に数多くある長距離結合は、皮質局所回路計算を多様にしていることが想定されますが、その機能も細胞生理学的基盤も不明な点が多いです。その中で視覚皮質の長距離結合は、古くから知られる非線形視覚応答であるゲイン制御に関わっているとされていました。その仮説検証のために新たに光遺伝学的逆行性軸索刺激を考案・開発した結果、ゲイン制御への寄与を明らかにすることに成功しました。また個体脳にてパッチクランプ法を行うことで脳切片スライスに近いデザインで細胞生理学的基盤も明らかにできました (Nature Neurosci. 2014, 2016)。

システム神経科学の現象を細胞生理学的に解明するには、電気生理学と二光子顕微鏡技術を組み合わせることが重要です。そこで二光子顕微鏡の先駆者で過去に何度も技術革新を起こしたArthur Konnerth 教授(ミュンヘン工科大)の指導を受けることにしました。Konnerth教授と同僚のSong博士とともに開発した手法は、システム神経科学と細胞生理学を直接繋ぐ技術です。多様な細胞から個性的な細胞を一つ選び、単一細胞電気穿孔法にてプラスミドを発現させ、後日発現したタンパクを用いて単一細胞の生理学実験を効果的に行えます。すなわち個性的な細胞(極端な例としては「おばあちゃん細胞」)をまずスクリーニングして、どのようなシナプス入力がその細胞の応答を作るのか、どのような影響をその細胞出力が周りの細胞に与えるかを調べることができます。その細胞の形態や遺伝子発現を調べる方向にも発展できます。

また、ドイツにいた時の共同研究として、二光子顕微鏡技術を課題遂行マウスに用いて皮質の長距離結合を調べました。実兄・佐藤隆(チュービンゲン大・当時)との研究で、眼球運動野と視覚野を結ぶ長距離結合の情報の流れの原理(Nature Commun. 2018)や両半球の眼球運動野における新しいタイプの可塑性(eLife 2019)も報告しました。ますます皮質の長距離結合が織りなすシステム神経科学的な機能に魅せられており、その細胞生理学的基盤を明らかにする決意を新たにしております。2018年末からオーストラリアのモナシュ大学に移動し、Konnerth研究室で開発した技術を長距離結合が関わる細胞に用いるべく、研究室の主宰者として毎日四苦八苦しながらもチームで楽しく研究を進めております。

振り返って見ると、私はキャリアの様々な段階で熱意のある先生方との出会いに恵まれ、成長することが出来ました。特に、長年に渡り私の研究者としての成長を助けて頂いた木村實先生にこの場を借りて深く御礼申し上げます。そして、大学院生およびポスドク時の大森先生・Carandini教授・Häusser教授・Konnerth 教授からのご指導、加えて同門の先輩方からの励まし、同僚との切磋琢磨なしには今の私はありません。家族の理解にも感謝を述べたいと思います。皆々様に深く御礼を申し上げ、今後とも精進致します。

受賞研究内容を議論する総説(Neuroscience Research掲載)
Sato, T.K., 2021. Long-range connections enrich cortical computations. Neurosci. Res. 162, 1-12

略歴  
2004年 京都大学医学部卒業
2005年-2008年 日本学術振興会 特別研究員(DC1)
2010年 京都大学大学院 医学研究科 脳統御医科学専攻 博士課程修了(医学博士)
2009年-2015年 ロンドン大学 研究員
2015年-2018年 ミュンヘン工科大学 研究員
2016年-2018年 日本学術振興会 海外特別研究員
2018年-現在 モナシュ大学 グループリーダー
JSTさきがけ研究者

PAGE TOP