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細胞の個性に応じた嗅神経回路形成の分子的基盤

東京大学大学院薬学系研究科 薬品作用学教室
中嶋 藍

この度は、このような名誉ある賞を頂き、大変光栄に存じます。選考委員ならびに学会関係の先生方には心より御礼申し上げます。これまで多くの面で支えてくださった先生方、共同研究者の方々にこの場をお借りして深く感謝します。

「三つ子の魂百まで」という格言にあるように、発達期における神経細胞の適切な配線と回路の成熟は、その後の我々の高度な行動・機能発現に極めて重要な役割を果たしています。高等動物の複雑な神経回路は、遺伝的情報に基づく大まかなシステム構築に加え、臨界期に生じる神経活動による精緻化を経て完成されます。個々の神経細胞は、発生の過程で自ら担う機能的役割に基づきネットワークを形成します。従って、多様な神経細胞の個性がどのような分子機構によって提示されるのかという問題は神経回路形成の分野における重要な課題と言えます。 私は、学生の時より一貫して嗅覚神経回路をモデルシステムとして、発生過程における回路形成メカニズムに関する研究を行ってまいりました。

 

マウスの嗅覚系では、匂い受容を担う嗅覚受容体遺伝子はゲノム中に約1000種類存在し、個々の嗅神経は多数存在する遺伝子群の中からたった一種類のみを選択して発現しています。そして同一の嗅覚受容体を発現した嗅神経の軸索は、発生の過程で互いに収斂し嗅球の特定の糸球へと投射させます。このように、マウス嗅覚系は、神経細胞の個性が発現する嗅覚受容体遺伝子の種類によって定義できること、更には軸索の投射先が糸球体という明瞭な構造として観察できることから上記の問題を研究する上で優れたモデル系であると言えます。糸球マップの形成は、大きく分けて胎児期に遺伝的プログラムに従って起こる軸索のおおまかな投射位置決定の過程と、神経活動に依存して同種のORを発現する軸索を束ねる軸索収斂の過程からなると考えられています。私は、これまでに嗅覚回路の特異性を保証するシグナル機構の解明に取り組み、筆頭著者として神経回路構築の新しい原理を明らかにしてきました(Cell, 2013、Science, 2019)。特に、神経活動に依存した神経ネットワークの精緻化は、「臨界期」と呼ばれる発達の限られた期間に起こり、その破綻は後の様々な神経疾患につながることから、具体的な仕組みを明らかにすることは基礎研究だけではなく応用研究にも重要。我々の研究結果は、長い間支配的であったヘブ則とは異なる神経活動依存的な新奇メカニズムの存在を示すものとして、今後他の脳領域へと応用されていくことが期待されます。

嗅覚受容体遺伝子のクローニングがなされて以降、これまでの数多くの研究成果によって、一次嗅覚系の神経回路形成原理の概要が明らかとなりつつあります。一次嗅覚系回路の特性を利用したこれらの研究成果には、従来のモデルにあてはまらない新奇のメカニズムも含まれています。その解明の一部に貢献でき、一つのモデル系のアドバンテージを活かしつつ普遍的な原理の解明に粘り強く取り組むことの大切さを学ぶことができたことは貴重な体験です。

 今回の受賞対象となった一連の研究成果は、共に研究に取り組んだ仲間と、ご指導下さった先生方なしには成し遂げることはできませんでした。特に、学生時代を通して、大局的な視点からの助言と共に、常に研究の本質を考える姿勢を見せてくださった坂野仁先生、学位取得後から新しい研究手法を取り入れるに当たって、的確なアドバイスをくださった池谷裕二先生には感謝に堪えません。皆様から頂いた暖かなサポートに恥じることのないよう、今後一層努力を重ね、研究に邁進していく所存でございます。最後になりましたが、これからも神経科学学会関係の皆様の変わらぬご指導、ご鞭撻を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。

受賞研究内容に関する総説(Neuroscience Research掲載)
Nakashima, A., 2020. Cell type-specific patterned neural activity instructs neural map formation in the mouse olfactory system. Neurosci. Res. In press

【略歴】
2006年3月 東京大学理学部生物化学科 卒業
2006年4月 東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 修士課程入学
2008年3月 東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 修士課程卒業(指導教員:坂野 仁教授)
2008年4月 東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 博士課程入学
2011年3月 東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 博士課程単位満了 退学
2014年3月 理学博士号取得 (指導教員:坂野 仁教授)
2011 年 4 月~2013 年 3 月 東京大学・大学院理学系研究科生物化学専攻・坂野仁研究室 特任研究員
2013 年 4 月~2015 年 3 月 福井大学・医学部・高次脳機能領域(坂野仁研究室) 学術研究員
2015 年 4 月~2015 年 10 月 東京大学・大学院薬学系研究科薬品作用学教室 特任研究員
2015 年 11 月~ 現在 東京大学・大学院薬学系研究科薬品作用学教室(教授:池谷裕二)特任助教(2018 年より東大卓越研究員に選出)

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