フランダースバイオテクノロジー研究所/ルーヴェン・カトリック大学
竹岡 彩
この度は2019年の日本神経科学学会奨励賞という名誉ある賞を頂き、選考委員の先生方に大変感謝いたします。これを励みとして今後も一層、神経科学分野での研究に邁進、貢献していきたいと考えております。
神経回路の可塑性に興味を抱いていた私は、米国オハイオ州のOberlin Collegeに進学し、Dennison Smith先生のご指導のもと、6-ヒドロキシドーパミンの投与によって発病するパーキンソン病の運動障害が、日々の運動量増加によって改善することを明らかにしました。自分の手で仮説を検証し、考察をするという、研究者としてのやりがいと難しさ、また喜びを身をもって体験したこの学部時代が、私が神経科学研究者の道を進みたいと決意した瞬間でもあります。
神経回路の可塑性への興味に加え、表現型が目に見える形で定量化できるというその運動制御の客観性に魅力を感じ、大学院ではPatricia Phelps先生とReggie Edgerton先生のご指導のもと、カリフォルニア大学ロサンゼルス校でラット脊髄完全損傷後の運動機能回復に対するグリア細胞の移植と歩行トレーニングの効果について研究を始めました。嗅覚系のユニークな特徴のひとつとして、感覚神経細胞(嗅細胞)が大人でも2週間に一度ほどの頻度で新生されことが挙げられますが、この新しく作られる感覚神経細胞の軸策伸長の過程においてOlfactory ensheathing gliaが極めて重要な役目を果たすことが知られています。私は、このOlfactory ensheathing gliaが、脊髄損傷後の脳と脊髄回路の再編成においても軸索再生を促進することを、行動解析、電気生理学、解剖学的手法などを用いて明らかにしました。更に、Olfactory ensheathing gliaの移植後の歩行トレーニングが、さらなる相乗効果をもたらし、脊髄歩行回路の機能回復に有用であることを示し、これらにより、脊髄回路が体性感覚を利用し機能回復を促すメカニズムを明らかにしました(J Neuro 2011)。
博士課程修了後、遺伝子操作が容易であるマウスを用い、運動制御のメカニズムを明らかにしたいと考え、Friedrich Miescher Institute for Biomedical Research(スイス)のSilvia Arber先生の研究室に博士研究員として参加しました。Arber研では、博士課程で習得した脊髄損傷モデルに関する知識と高解像度の運動機能解析法を元に、遺伝子改変マウスモデルと神経回路解析に組み合わせ、筋紡錘からのフィードバック信号が不完全脊髄損傷後の歩行機能の回復と脊髄下行路の回路再編に対して必要不可欠な働きをすることを明らかにしました(Cell, 2014)。この実験で、なぜ筋紡錘からのフィードバック信号が必要不可欠なのか、と疑問に思ったことが後の研究課題につながっています。遺伝子改変マウスを用い、体性運動神経への入力回路形成過程において、運動制御に重要な前庭系下行路と筋紡錘のフィードバック信号が、どう相互に制御し合い、入力依存的な回路を形成するのかを明らかにしました(Cell, 2015)。筋紡錘の体性運動神経への入力回路発達は経験に依存しない分子機構により制御されていることは知られていましたが、経験依存的メカニズムによっても制御されることはそれまで解明されていませんでした。この経験依存的筋紡錘の入力回路再編メカニズムは、脊髄損傷後の運動機能回復につながる鍵かもしれないと考え、筋紡錘を含む固有知覚のフィードバックを空間的にも時間的にも限定した形で自在に除去できるマウスモデルを確立しました。このマウスモデルを用い、脊髄損傷の遠位の固有知覚のフィードバックは歩行機能の回復の開始、そして回復した運動機能の維持に必要なことを明らかにし、さらに発達段階同様に経験依存的に入力回路が再編することを明らかにしました(Cell Reports, 2019)。
2016年の9月からベルギーのフランダースバイオテクノロジー研究所にて独立して研究を開始しております。今は受賞対象の次の課題である、運動学習、運動機能回復における、感覚情報結合と脊髄の可塑性の役割を、細胞レベルと神経回路レベルで明らかにしていくべく、慣れない研究室の主宰者として毎日四苦八苦しながらもチームで楽しく研究を進めております。
最後になりましたが、この受賞は、これまで御指導を頂いた多くの先生方のおかげです。その中でもとりわけ、温かい目で研究者として育ててくださったPatricia Phelps先生、現在の私の研究の基礎となる脊髄自律機能の奥深さを教えてくださったReggie Edgerton先生、独立する土台を作ってくださったSilvia Arber先生にこの場を借りて心より感謝申し上げます。また、独立してからご指導下さいました伊佐正先生、いつも私を応援してくれている家族に心から感謝の意を表します。
受賞研究内容に関する総説(Neuroscience Research掲載)
Takeoka, A., 2020. Proprioception: Bottom-up directive for motor recovery after spinal cord injury. Neurosci. Res. 154, 1-8
略歴
2003年 Oberlin College(米国)卒業
2010年 University of California, Los Angeles(米国)博士課程修了
2010年〜2016年 Friedrich Miescher Institute for Biomedical Research(スイス)
博士研究員
2016年〜現在Flanders Institute for Biotechnology/KU Leuven(ベルギー)
Principal Investigator /准教授