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海馬における自己の場所と他者の場所の表象

理化学研究所 脳神経科学研究センター
檀上 輝子

このたびは、日本神経科学学会奨励賞を賜り、大変光栄に感じております。審査にあたられた先生方並びに関係者の皆様方に、厚く御礼申し上げます。
 空間内の「自己の場所認知」、すなわち自分が今どこにいるのかを認識するのに、海馬が深く関わることが知られています。海馬には自分がある特定の場所にいるときに活動する場所細胞が多数存在し、その活動は自分が今どこにいるのかを一刻一刻、表現(表象)しています。場所細胞は集団として、海馬内に空間全体の地図(認識地図)を構成し、自分の現在位置だけでなくそれ以外の場所も含めた空間全体の認知を可能にしている、という認識地図仮説が想定されてきました。しかし、これまで客観的な場所の表象様式は謎のままでした。今回受賞対象となった研究では、客観的な場所(自分が今いる以外の場所)がどのように表象されているのかを、他者の行動を観察しているラットの海馬から神経活動を記録し解析しました。
 本研究で用いた他者行動観察課題は、2匹のラット(自己ラット、他者ラット)を用いてT字迷路で行いました(下図)。この課題では、他者ラットが先にスタートしT字交差で左右をランダムに選択します。自己ラットは遅れてスタートして他者ラットを追いかけ、T字交差では他者ラットの場所に応じて、反対方向選択課題では他者と反対方向、同一方向選択課題では同じ方向を選択すると報酬の水が得られます。従って、自己ラットは他者ラットがどこにいるのかを毎回観察する必要があります。この課題を行っている自己ラットの背側海馬CA1領域から神経活動記録を行い、自己の場所と他者の場所の表象を解析しました。
 はじめに、個々の細胞の発火活動が自己ラット、他者ラットの位置と相関しているか、場所細胞マップを用いて解析しました。その結果、すでに知られているように、場所細胞が表象する自己の存在場所(場所受容野)はT字迷路上をくまなく分布しており、さらに今回新たに、同じ場所細胞群が他者の場所をも網羅的に表象していることがわかりました 。次に自己と他者の場所と発火活動を同時に示すためにジョイント場所細胞マップを作成し解析すると、 多くの場所細胞の活動が、自己の場所と他者の場所の組み合わせに応じて生じており、他者の場所特異的な発火活動が存在することが統計学的に明らかになりました。
 さらに、他者の場所も自己の場所と同じように場所細胞の活動記録から再構築(デコーディング)できること、行動課題のルールやゴールが異なる場合でも、他者が特定の場所にいるときに発火する細胞があることを認めました。また、他者に対する場所受容野が自己に対する場所受容野と共通の場所である場所細胞も見出しました。これは、自己・他者に関わらず普遍的な場所を表象するミラー現象と捉えることができます。以上の結果から、海馬の場所細胞は自己が今いる場所のみを表象するのではなく、他者が存在する場所という客観的な位置情報をも表象していることが明らかになりました。
 最後になりますが、これまでご指導いただきました、笹井芳樹先生、中西重忠先生、藤澤茂義先生、さらに各研究所でご指導いただきました先生方に心より感謝申し上げます。博士課程以来、ES細胞の分化誘導法や分子生物学的手法から電気生理学まで、さまざまな手法を用いた研究テーマに取り組み、プロジェクトを成立させるのに重要な要素を見極めるトレーニングを積んだことが研究者としての土台となり、また新たな研究に挑戦する原動力になっています。今後とも神経科学学会の皆さまのご指導を賜りますようお願い申し上げます。

図:他者行動観察課題の模式図 (Danjo et al., Science 2018; doi: 10.1126/science.aao3898より一部改変)

受賞研究内容に関する総説(Neuroscience Research掲載)
Danjo, T., 2020. Allocentric Representations of Space in the Hippocampus. Neurosci. Res. 153, 1-7

略歴
2005年 京都大学医学部卒業
2011年 京都大学大学院医学研究科博士課程修了
2011年 大阪バイオサイエンス研究所 システムズ生理学研究部門 研究員
2013年 理化学研究所 脳科学総合研究センター 研究員
2015年 理化学研究所 基礎科学特別研究員
2018年 理化学研究所 脳神経科学研究センター 研究員

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