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神経回路形成・再編成における細胞骨格セプチンの役割

名古屋大学大学院理学研究科
上田(石原) 奈津実

 この度は日本神経科学学会奨励賞を賜り大変光栄に存じます。選考委員の先生方、ならびにこれまでご指導いただいた多くの先生方、共同研究者の先生方にはこの場をお借りして心より御礼申し上げます。
 私が神経科学を志すきっかけは、大学1年の時に祖母が認知症を患ったことにあります。病院への生き帰りを付き添う際に日に日に会話が噛み合わなくなり、「一度獲得された記憶であるにもかかわらず、どうして忘れてしまうのだろうか?」と強い疑問を抱いたことと、私自身が祖母から「迷惑をかけて申し訳ない」と言われ、「私が認知症の治療に繋がる研究をするから、もう少し頑張ってほしい」と即答したことで神経科学という学問分野を意識しました。このような経緯から大学院の研究室配属では、当時研究室を立ち上げられた尾藤晴彦先生の研究室に希望を出しました。この頃は、忘却に関してほとんど研究がなされておらず、記憶における活動依存的なシナプス形成の機構そのものも明確に理解されていないため、換言すればその分子機構を解明することで、忘却時の脳内での変化が明らかになる可能性があると考えたためです。尾藤先生からは、カルシウム濃度上昇の下流で働くカルシウム/カルモデュリン依存性タンパク質リン酸化酵素(CaMK)群が脳内のネットワークを形成する神経線維(軸索や樹状突起)の発達を制御するのかを探索する機会を与えて頂き、完璧を目指した研究のいろはや自分で自分に鞭を打ち、常に自分の限界を超えた仕事をすることの重要性を教えて頂きました。学位取得後のことを考えていた矢先、夫の勤めていた三菱化学生命科学研究所の閉鎖が決まり、夫婦で右往左往しました。偶然、木下専先生が名古屋大学で研究室を立ち上げるため、スタッフを募集されているとのお話を伺い、当時シナプスタグの実態はスパイン基部に存在する分子で、セプチン細胞骨格がその有力候補であったことから、長期記憶形成・維持の分子メカニズムが探索できる可能性が広がると感じ、応募させて頂きました。木下先生とは面識もございませんでしたので、学位取得後でスタッフとしての経験の無い私を採用して下さったことには驚きではありましたが、セプチン細胞骨格を介した神経回路の形成・再編成の研究に携わる機会を頂きました。研究を進める中で、神経線維を効率よく伸ばすためには線維の中心軸となる微小管の伸長をセプチンが制御することや、効率的な学習を行うために、セプチンは他の細胞骨格と共に神経伝達物質であるグルタミン酸の浄化効率を適切に調整することを見出しました。木下先生には自由に、のびのびと研究を展開する機会を与えて頂いており、現在は、10年来の目標であった記憶維持の本質に迫れる可能性を感じる研究に挑戦しております。また、分子から行動までの研究手法を身に着けるため、包括脳などの支援制度や共同研究先に出向いて研究を実施する機会も与えて頂いております。今回の受賞に繋がった研究成果は木下専先生をはじめ多くの共同研究者の先生方のご指導のもとで、研究室に配属した多くの大学院修士学生、学部学生さんと取得したデータです。この場をお借りして心より感謝申し上げます。
 私の所属は学部教育も担う大学ですので、今後も微力ではございますが、神経科学の研究に邁進するとともに、将来を担う学生さんの人材育成に貢献していければと考えております。また自分自身も常に精進していく所存でございます。今後もご指導よろしくお願い申し上げます。

受賞研究内容に関する総説(Neuroscience Research掲載)
Ageta-Ishihara, N., 2021. Developmental and postdevelopmental roles of septins in the brain. Neurosci. Res. 170, 6-12

略歴
2003年  静岡大学理学部 生物地球環境科学科卒業
2005年  東京大学大学院医学研究科 医科学専攻修士課程修了
2009年  東京大学大学院医学研究科 医学博士課程修了・博士取得
2009年  東京大学大学院医学系研究科・特任研究員
2009年  名古屋大学大学院理学研究科・助教
2015年  名古屋大学大学院理学研究科・講師

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