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認知症問題の解決に向けた神経科学からのアプローチ

大阪大学大学院医学系研究科 臨床遺伝子治療学
武田 朱公

 日本神経科学学会奨励賞という名誉ある賞を賜りましたことは身に余る光栄です。これまでご指導いただいた先生方、ならびに選考委員の先生方にはこの場をお借りして御礼申し上げます。

 もともと神経科学の専門的な知識も研究経験もありませんでしたが、医学部生の時に受けた大脳生理学の講義には大変興味を惹かれました。卒業を前にしてどの診療科に進もうかと考えた時、二つの選択基準を設定しました。一つは社会的需要が特に大きい仕事であること、もう一つは学問として発達初期の段階にあり課題が多く残されている領域であること、この二点でした。自分自身の好みや興味にとらわれず、社会的に重要と思われるテーマに取り組むことが大切だと考えました。限られた見識の中でしたが自分なりに考え、この条件に当てはまる学問領域は認知症学と救急医学の二つであるように思えました。特に認知症は超高齢化社会を向かえて重要度が増していく領域であることは明白だったため、この問題に取り組むことにしました。
 研修医として認知症患者の診療に携わる中で、診断法や治療法は限られていましたが、個々の患者の多様な病態を深く考察してみることはとても楽しい作業でした。分からないことだらけでしたが、新しい学問に取り組む面白さに夢中になりました。重厚な医学書を開いて認知症の項を丹念に読んでみましたが、患者の役に立つためには全く不十分で、新しい学問が必要であることを改めて感じました。目の前の患者の病態を分子レベルで把握することが出来れば、認知症診療はどれほど面白くなり、また患者や家族の役に立てるだろうかと毎日考えていました。
 大学院では大阪大学の老年医学教室(樂木宏実教授)に所属し、森下竜一教授と里直行准教授のもとで認知症の病態研究に取り組みました。当時、生活習慣病、特に糖尿病がアルツハイマー病のリスク因子であることが疫学的に明らかにされ注目されていましたが、その背景病態は不明のままでした。そこで、両疾患を合併する動物モデルを作製してその病態を解析するという研究を行いました。糖尿病を合併したアルツハイマー病マウスは明らかに認知機能障害が重篤化しており、これには神経病理を形成するアミロイドβによる脳血管障害が影響していること等を明らかにすることが出来ました。
 大学院卒業後は米国ハーバード大学のBradley Hyman教授の研究室へ移動し、タウ病理に関連する研究に取り組みました。当時、神経変性疾患に関連する病的蛋白が細胞間を“伝播”するという現象が注目されており、アルツハイマー病におけるタウ蛋白もその一つと考えられていました。この研究を治療法開発へ結びつける一番の早道は、タウ伝播を介在する特定の分子種を同定することである考え、患者剖検脳を用いて伝播に関わるタウ分子種を見つける仕事に取り組みました。また留学中は、認知症患者の診察にあたる機会にも恵まれました。患者を診て脳内の分子病態を想像し、分子病態を考えて患者を診るというサイクルは、疾患研究の醍醐味であると感じます。

 医学部を卒業して以来、認知症医療一筋で取り組んで来ました。力不足の自分には未だに認知症の病態は難解で、患者の役に立てないことへの不甲斐なさだけが募る日々です。しかしながら、神経科学の基礎研究を通して認知症の問題に取り組むことは大変やりがいのある仕事で、このような環境に身を置けることを本当に有り難く思っております。これはひとえに、これまでご指導を賜った恩師の先生方(大阪大学臨床遺伝子治療学 森下竜一教授・里直行准教授、同老年医学教室 荻原俊男前教授・樂木宏実教授、ハーバード大学Bradley Hyman教授)、研究室の同僚達、そして診察させていただいた認知症患者の方々からの教えの賜物と心より感謝しております。神経科学研究を通して、認知症の克服に一歩でも近づけるよう今後も努力して参ります。

受賞研究内容に関する総説(Neuroscience Research掲載)
Takeda, S., 2019. Progression of Alzheimer’s disease, tau propagation, and its modifiable risk factors. Neurosci. Res. 141, 36-42

略歴
2004年 北海道大学医学部部卒業
2004年 大阪大学医学部附属病院 研修医
2010年 大阪大学大学院医学系研究科 博士課程修了
2011年 東京大学大学院医学系研究科 先端臨床医学開発講座 特任助教
2011年 日本学術振興会 特別研究員PD (ハーバード大学医学部)
2013年 日本学術振興会 海外特別研究員(ハーバード大学医学部)
2015年 ハーバード大学医学部・マサチューセッツ総合病院 研究員
2016年 大阪大学大学院医学系研究科 臨床遺伝子治療学 寄附講座准教授

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