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ニューロン樹状突起で生じる知覚スイッチ

フンボルト大学生物学科 博士研究員
高橋 直矢

 この度、日本神経科学学会奨励賞という名誉ある賞をいただき、大変光栄に思っております。選考委員の先生方、学会関係者の方々に心より感謝申し上げます。

 我々の知覚は一体どのようにして生じるのか?最先端のイメージング技術を駆使し、知覚を生み出す脳の仕組みをサブミクロンレベルで研究してします。私が神経科学研究をスタートさせたのは、東京大学薬学系大学院の松木則夫教授(現、東京大学名誉教授)の研究室に修士課程の学生として参加した頃に遡ります。当時准教授であった池谷裕二先生(現、東京大学教授)の指導のもと、カルシウムイメージング法によるニューロンの発火活動の大規模計測を始めました。カルシウム蛍光指示薬に標識されたニューロンは、発火活動に伴って蛍光を発するようになります。顕微鏡を介してその蛍光変化をビデオ撮影することで、数百から数千のニューロンの発火活動を一斉に‘見る’ことができます。初めてその様子をみたときの興奮は今でも鮮明に覚えています。その時学んだイメージング計測に関する手技や解析アプローチは、現在に至るまで私の研究を根幹から支えています。

 シナプス入力はニューロンの出力である活動電位を生成する主要な原動力です。ひとつのニューロンの樹状突起には数千から数万のシナプスが形成され、前シナプスニューロンの出力信号を受ける場となっています。生成されたシナプス電位は細胞体へと伝播し、加算され、最終的に活動電位へと変換されます。従来、樹状突起での入力加算は受動的(線形的)であると考えられていましたが、近年、脳スライスを用いたin vitro研究から樹状突起が非線形的に入力を統合しうることが明らかとなりました。すなわちニューロンの出力決定は樹状突起による積極的な入力加算プロセスに大きく左右されることになります。こうした研究とは独立して、博士課程に進んだ私はカルシウムイメージング法を応用してニューロン間のシナプス回路構造、さらには樹状突起上に局在するシナプス配線パターンをサブミクロンレベルで解明することに取り組んでいました。驚くべきことに、このとき私が見出した局所シナプス回路の配線パターンは、樹状突起で生じる非線形活動を回路構造レベルで支持するものでした。つまり我々の脳は樹状突起の非線形演算を支える回路構造を元来内包しているということになります。

 回路基盤よって支持された樹状突起活動の非線形性は、脳機能にどのように寄与しているのか?樹状突起の非線形活動の感覚プロセスにおける役割を解明するため、博士研究員としてドイツに渡りました。樹状突起研究のパイオニアであるMatthew Larkum教授の研究室に所属し、マウスを用いた知覚閾値の研究をスタートさせました。知覚閾値は、刺激強度を増加させた時に初めて刺激が感覚として知覚される境界です。当時、樹状突起の活動を生体動物で検証した研究は極めて少なく、覚醒下で行動中の動物から樹状突起の活動を計測した例はありませんでした。ここでもカルシウムイメージング法を適用し、知覚行動中のマウスから樹状突起の活動を計測する実験系を確立することに成功しました。結果として、一次感覚野皮質ニューロンの樹状突起が知覚閾値において非線形的に応答していることを見出しました。カルシウムスパイクと呼ばれる樹状突起で発生する活動電位の頻度が、マウスが感覚刺激を検出した際に大きく亢進していました。さらに、このカルシウムスパイクの発生を選択的に操作することで、マウスの知覚閾値をコントロールすることにも成功しました。これらの研究成果は皮質ニューロンの樹状突起の非線形活動がマウスの知覚スイッチの形成に必要不可欠であることを示した初めての例として報告しました。今後は、カルシウムスパイクを生み出す入力が一体どこから来ているのかを究明するため、樹状突起に投射する前シナプスニューロンの軸索終末からのイメージングに挑戦する予定です。

 最後になりますが、私のこれまでの研究は、多くの先生方や共同研究者の方々のご指導とご支援の賜物です。特に、長年に渡りご指導いただき、研究のすることの面白さを教えていただいた松木則夫先生、池谷裕二先生、Matthew Larkum博士に厚く御礼申し上げます。また私の研究者としての成長をサポートしていただき、今回の奨励賞へ応募することを勧めていただいた林康紀先生(京都大学)にもこの場を借りて深く感謝申し上げます。今後も神経科学学会会員の皆様のご指導とご鞭撻を賜りますよう、どうぞよろしくお願い申し上げます。

受賞研究内容に関する総説(Neuroscience Research掲載)
Takahashi, N., 2019. Synaptic topography – Converging connections and emerging function. Neurosci. Res. 141, 29-35

略歴
2006年 京都大学・薬学部卒業
2011年 東京大学・大学院薬学系研究科 博士課程修了(Ph.D.)
2011年 東京大学・大学院薬学系研究科 特任助教
2012年 フンボルト大学・生物学科 博士研究員

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