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遺伝子導入、編集、標識技術による単一神経細胞内の分子イメージング

マックスプランク・フロリダ・神経科学研究所
リサーチ・フェロー
西山 潤

 この度は、大変名誉ある賞を頂き、光栄に存じます。これまでご指導頂いた先生方、共同研究者の先生方、及び日本神経科学学会奨励賞選考委員の先生方に心より御礼申し上げます。
  精神科医になりたいと考えて医学部に入学した私にとって、進路選択は極めて容易なものでした。卒業後は、希望通り精神科の臨床医として勤務し、とても充実した日々を送っておりました。その一方で、自分が物質としての脳に余りに無知であることに疑問を感じるようにもなりました。そして、脳の仕組みを分子のレベルで見てみたいという、漠然とした希望を持って、研究の世界に足を踏み入れました。
 私の研究は、大学院で柚崎通介教授(慶応大学医学部生理学)の門をたたいた所から始まります。大学院では、当時はまだ殆ど知られていなかったオートファジーの神経細胞での機能解析をテーマに研究をはじめました。単一神経細胞でオートファーゴソームを可視化することで活性を定量的に計測したり、大学院生と共同でオートファーゴソームが軸索を移動する様子をライブでイメージングする実験を行ったりしました。これらの実験を通じて、オートファジーが定常状態でも神経細胞軸索で活性を持っており、軸索の形態と膜構造の維持に関与していること、更に、グルタミン酸興奮毒性によって軸索にオートファジーが誘導されることを明らかにすることができました。
 その後イメージング技術をより深く学びたいと考えた私は、安田涼平博士(当時Duke大学、現マックスプランクフロリダ神経科学研究所)の研究室にポスドクとして受け入れて頂きました。ここでの研究テーマのひとつが、脳組織での内在性タンパク質の可視化です。脳内に発現する多数のタンパク質を自在に観察するためには、迅速、正確かつ汎用性のある技術が必要です。そこで、生体脳の一部の細胞において、ゲノムの配列を直接編集し、目印となるタグ配列を目的遺伝子に挿入することができれば、任意の内在性タンパク質を標識し、脳内の単一細胞で可視化できるのではないか、と考えました。しかし、成熟した神経細胞のような非分裂細胞では相同組み換え修復(HDR)の効率は極めて低く、CRISPR-Cas9システムで正確にゲノムを編集することは困難とされてきました。そこで、分裂能が残存した神経前駆細胞を標的とし、子宮内電気穿孔法を用いてゲノム編集に必要なコンストラクトを高効率に導入することで、HDRを誘導することに成功しました。この方法を用いることで、様々な内在性タンパク質を脳内の単一細胞で標識し、脳組織内で高いコントラストで観察することができました。更に最近、アデノ随伴ウイルスを用いて、HDRのテンプレートを細胞内に高濃度に供給することによって、成熟した神経細胞において比較的高効率にHDRを引き起こすことにも成功しました。この二つの方法によって、分裂細胞、非分裂細胞を問わず、胎生期から成熟期の脳において、HDRを利用した生体脳での正確なゲノム編集が実現可能となりました。従って、内在性タンパク質をゲノム編集を用いて自在に標識し、単一細胞で観察するという当初の目標は、ある程度は達成できたのではないかと考えています。
 これら一連の研究は、多くの先生方、共同研究者のご指導とご支援の賜物です。柚崎通介教授には、全く研究経験のない私を受け入れて頂き、文字通りゼロからご指導頂きました。また、臨床か研究か迷う私に、貴重な多くの助言をしてくださいました。東大精神科の加藤進昌前教授、笠井清登教授には、臨床の教室に所属しながら基礎研究を行いたい、という私の身勝手な希望にご高配頂きました。安田涼平博士には、多くのサポートと一流の研究者としての姿勢を教えて頂きました。ゲノム編集の一連の仕事は、同僚の三國貴康博士との幾度となく行われたディスカッションと共同研究によって成し遂げることができました。また、海外での不慣れな生活の中でも、常に笑顔で支えてくれる家族には大いに助けられました。この場を借りて、皆様に深く御礼を申し上げ、今後とも精進していく所存です。

受賞研究内容に関する総説(Neuroscience Research掲載)
Nishiyama, J., 2019. Genome editing in the mammalian brain using the CRISPR–Cas system. Neurosci. Res. 141, 4-12

略歴
2001年 東京大学医学部医学科卒
2001年~2004年 東大病院などで精神科臨床業務に従事
2008年 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(医学博士)
2008年 東京大学医学部付属病院精神神経科助教
2009年 慶應義塾大学医学部生理学教室特別研究助教
2011年 Duke大学メディカルセンター博士研究員
2013年 マックス・プランク・フロリダ神経科学研究所 リサーチフェロー

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