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前頭前皮質内局所回路における作業記憶の制御機構

カルフォルニア大学バークレー校, ハワードヒューズ医学研究所
神垣 司

  この度は日本神経科学学会奨励賞を賜り大変光栄に存じます。選考に関わった先生方、ならびにこれまでご指導いただいた多くの先生方に心より御礼申し上げます。

  神経科学に興味を持つきっかけとなったのは、小学生の頃、何故か国語の教科書に奇妙な絵が描かれた一節を目にした時でした。そこにはヒトデのような形態の物が蛇のような長い脚を伸ばして同類の仲間に結合し、電気を発生して信号伝達している様が描かれていました。その物体の名はニューロンといい、我々の脳に存在して様々な指令をしているというのです。自分の思考や感情・意志といった一見実態のない精神現象もニューロンの仕業なのかと衝撃を受けことを今でも憶えています。

  時は流れ、実際に神経科学の研究に携わることになるのは、当時、宮下保司先生が主宰されていた東京大学医学部の教室に大学院修士生として所属してからになります。教室では行動柔軟性の大脳メカニズムを解明するプロジェクトに取り組みました。よく「気持ちを切り替えて」といいますが、凝り固まったマインドセットを一旦解消し、ギアチェンジする能力は、我々が変化する状況に柔軟に適応できる基盤になっています。そういった行動柔軟性は個々のニューロンのどのような発火によって成立しているのか、という問題に答えるため、行動切り替えが必要とされるウィスコンシン・カード分類課題をサルに訓練し、単一神経細胞の活動を計測しました。霊長類で特に発達した高次機能ネットワークの中核である前頭前野および後部頭頂葉内に、行動切り替えのタイミングで強く発火するニューロンが数多く存在していました。特に前頭前野の一部にそのニューロン群は高密度に局在しており、薬剤投与で不活化すると、切り替えの成績が特異的に下がるという強力な因果関係を持っていました。

  さらに詳細な高次機能の動作原理を知りたいと思い、米国UCバークレーのYang Danラボに移り、モデル動物を、様々な遺伝子工学的ツールの開発が進んでいるマウスに切り替えました。脳には様々なニューロンタイプが存在し、固有の結合方式に基づいて回路を形成していますが、個々のニューロンタイプの役割・機能を明らかにすることは動作原理を紐解く上で重要な手がかりとなります。マウスで検討可能な高次機能モデルとして、作業記憶に注目しました。作業記憶とは、外部からの感覚入力が途絶えても情報を頭の中に一時的に維持して行動するために必要な機能です。この機能を調べるため、マウスに音を聴かせ、数秒間の遅延期間をおいた後に、ノズルを提示してリッキングするか抑制するかの判断をさせる課題を学習させました。当課題では、マウスはリッキングするかどうかの行動プランを短期間維持しておくことが必要です。個々のニューロンの活動を脳の深部まで計測可能な小型の蛍光内視鏡によるカルシウムイメージング法と、光遺伝学や電気生理学的手法を駆使することにより、前頭前野における各ニューロンタイプの役割を解析したところ、抑制性ニューロンの一種であるVIP陽性ニューロンが非常に興味深い特性を持っていることが分かりました。光遺伝学を用いてVIP陽性ニューロンを特異的に活性化すると、マウスの作業記憶の成績が向上しました。この効果は、他の抑制性ニューロンであるソマトスタチン陽性ニューロンやパルブアルブミン陽性ニューロンを抑制するという脱抑制回路を介しており、結果的に興奮性ニューロンが担う行動プラン選択的な信号が増幅されていました。つまり、VIP陽性ニューロンは、他の抑制性ニューロンの抑制を介し、興奮性ニューロンが持つ作業記憶信号の増幅を制御するという局所回路の動作実態が明らかになりました。

  これまでの研究は決して自分一人の力では進めることはできませんでした。所属した研究室の指導教官である宮下保司先生、Yang Dan先生を始め、学位審査でお世話になった河西春郎先生、東大の研究室の先輩方、殊に納家勇治先生、大木研一先生、地村弘二先生、近添淳一先生方には、米国に移ってからも様々なアドバイスをいただいてきました。バークレーのラボでも、同僚達と切磋琢磨しお互いに助け合いながら、充実した研究生活を満喫しています。これからもhuman relationに支えられながら、精神現象の秘密を解き明かす研究を目指していきたいと思います。

受賞研究内容に関する総説(Neuroscience Research掲載)
Kamigaki, T., 2019. Dissecting executive control circuits with neuron types. Neurosci. Res. 141, 13-22

略歴
2004年        東京大学 教養学部 生命認知科学科 卒業
2007-2009年     日本学術振興会特別研究員 (DC1)
2010年        東京大学大学院 医学系研究科 医科学専攻 博士課程修了
2010-2011年     同 特任研究員
2011年        上原記念生命科学財団ポストドクトラルフェローシップ
2012-2015年     Human Frontier Science Program (HFSP)長期フェローシップ
2011年-現在     カリフォルニア大学バークレー校 博士研究員
 


本人近影
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